血に堕ちたライラックはウソにまみれている

第十八話 奇遇だ

 フェアラート公爵邸には、ブラッド殿下が部下の騎士たちをリラのために配置してくれた。王妃がこんなに早く来るとは予想外だった。



 騎士団はブラッド殿下がまとめている。その中でも、王妃の私兵と言われる彼女が見繕った騎士たちを動かすなど、思わなかったのだ。



 しかし……こんな時に夜伽を呼ぶとは……。



 王都へと帰る馬車の中で、ブラッド殿下が不思議そうに聞く。



「ジェイド。どうしたのだ? 俺に何かついているか?」

「いえ……お泊りでしたら、我が家に泊まって下されば部屋をご用意いたしましたのに」

「それでは、息が詰まる。ジェイドもそんな思いつめた顔をしないで、息抜きをした方がいい。誰か伽を紹介しようか? 君なら、女は喜んで来る」

「結構です。俺には、リラがいますから」

「リラ一筋なんだな」



 腹黒い表情で笑顔を見せるブラッド殿下。彼は戦時から、女性にも困ってなかっただろう。



「当然です。誰でもいいわけではありません」

「そう、奇遇だな。俺もそうだ」

「そうなのですか?」

「もちろんだ」



 怪しい。そんな怪しい顔でにこりとされても、同じとは思えない。先ほどの娼婦がお気に入りと言うことだろうか。



 俺なら、娼婦は呼ばない。何よりも欲しいのは、リラだけで……。



「ジェイドは、真面目だな」

「そういう性格ですので」



 でも、リラは触れさせてくれない。手を差し出しても、添える手には戸惑いを感じる。襲われた噂のせいなのだろう。婚約破棄をされてから一ヶ月、リラはどこにも姿を見せなかった。襲われたせいで、塞いでいたのだ。



 そして、やっとリラが姿を見せたのは、フィラン殿下殺害の事件だった。



「フェアラート公爵邸には、しばらくリラのために護衛を置く。みな戦線にも出て生き残った精鋭たちだ。王妃も手を出しにくくなるだろう」

「こんなにすぐに送って来るとは思いませんでした……俺の失態です」

「いや、ジェイドのせいではない。いずれ刺客を送るとは思っていた。騎士を送るとは予想外だったが……そもそも、リラをジェイドに預けていても、隠しているわけではないからな。街でも、フェアラート次期公爵の婚約者だと、少しずつ噂が広がりつつあったから……」

「リラの場所はすぐにわかったのですね」

「そうだな……だが、王妃は失敗をした。彼女には、少し早いが城から引いてもらおう」

「王妃様を……?」

「だって、邪魔だろう? クレメンスも、バカすぎて邪魔だ」

「クレメンスは、許せません。あいつはリラに手を出そうとした」

「君と同じで、リラに恋焦がれていたのだろうね」



 知っている。騎士団には、リラに憧れ、恋焦がれている騎士は多くいた。でも、手が出せないで、ただの憧れで終わっていたはずだったのだ。



「でも、俺は違います。リラは、俺のもので……」



 身体に力が入る。リラに手を出そうとする男たちに憤りを感じた。



 __リラは誰のものでもない。俺だけのモノなのだ。



 リラに近付く男がいるだけで、身体が淀んだ。俯いたままでギュッと膝の上で拳を握ると、ブラッド殿下が一言呟く。



「……思い詰めてるねえ」



 それさえも聞こえないほどリラを想っていた。









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