血に堕ちたライラックはウソにまみれている

第二話 また会えるよ

 すでに婚約破棄はなされ、後宮入りを命令された。殿下は、私の後宮入りを勝手に進めていた。でも、それは叶わなかった。



 フィラン殿下が殺害されて、私は第一容疑者だ。今は城の塔に幽閉されている。正式な逮捕ではない。でも、城から出ることは許されず、どこにも帰る場所はない。



 呆然と窓の外を見れば、厳重な警備が目に入るばかりだ。



 その時に、部屋の外が慌ただしくなる。



「さっさと開けなさい!!」



 怒号と共に開いた扉からやって来たのは、王妃様だった。フィラン殿下と同じ金髪碧眼。でも、フィラン殿下と違って王妃様は厳しい方だった。目を釣り上がらせた彼女は、入って来るなり窓辺に座っている私に手を振り下ろした。



「このっ、女狐!!」



 私の頬を何度も引っ叩く音が部屋中に響く。



「よくも私のフィランを!! あの子が望んだから婚約をさせてやった恩を忘れて!!」



 たった一人の子供。王妃様の唯一の子供。フィラン殿下が暗殺されたことは、今の彼女には、冷静をすべて失わせていた。



 はぁはぁと息継ぎも忘れていたのか、何度も引っ叩いたあとには、息荒く私を睨む王妃様。



「王妃様……私は、フィラン殿下を殺してなどいません。そんな恐ろしいことはできません」

「ウソおっしゃい! フィランの婚約者でありながら、すでに純潔もなく、それを、理由に婚約破棄されたことで、フィランを恨んでいたでしょう! その腹いせにこんな暴挙に出るなど……」

「婚約破棄された理由は、私ですか?」



 フィラン殿下は、浮気をしていた。アイリスを新しい恋人にして、婚約まで結ぼうとしていた。それには、私が邪魔だったのだ。



 私と婚約した頃には、フィラン殿下自身が婚約したことに舞い上がって周りに吹聴して、正式に私を城へと向かえたのだから、彼の心変わりは自身の頭を悩ましたことだろう。

 ……周りの視線は痛いものだったはずだ。でも、それを咎める者など誰もいない。それでも、別れなど呆気ないものだったけど。



 グッと胸ぐらを王妃様に掴まれる。ツンとした王妃様の香水が不愉快にさせる。私の大嫌いな匂いだ。



「すぐに処刑にしてやるわ」

「私は、犯人ではないのにですか?」

「私を誰だと思っているの? お前一人など、どうにでもできるのよ」



 そう言うと、王妃様が私を掴んだままで片手を挙げた。王妃様が連れて来た騎士が私に刃を向ける。私を殺すつもりで来たのだろう。

 冷たい眼で王妃様を見据えた。すると、塔がいっそう騒がしくなった。



「何をしている!? 王妃! 何をなさっておいでですか! お前たちも下がれ!!」



 やって来たのは、ブラッド第二殿下だ。青い髪に深い青色の瞳。中肉中背の彼は、陛下の従姉妹の子供であった。その母親は、陛下の妾だった。

 そのせいで、フィラン殿下よりも年上でありながら、彼は第二殿下という位置づけだ。

 ブラッド様の一言で、私を囲んでいた王妃様の騎士たちが恐る恐る下がる。その間をブラッド様が進んできた。



「王妃。リラ嬢から、手をお離しください。彼女はフィラン殿下が望んだ方なのです」

「そう……そのフィランに、この女は何をしたの! 下がりなさい! ブラッド! 第二殿下の分際で、私に意見することは許しません!」

「では、すぐに陛下をお連れします。はっきりとした証拠もないまま、ここでリラ嬢を殺してしまえば、王妃、あなたは私利私欲でリラ嬢を暗殺した者になります。俺は、騎士団の長としてあなたを捕らえます。引き取り手は陛下にお願いするでしょう」

「生意気なことを……お情けで、陛下の妾になった者の子供のくせに……」



 憎々しく王妃様が私の手を離した。怒りは、私だけでなくてブラッド殿下にも向けられている。彼のことを、王妃様はずっと嫌いだったから仕方ないといえば仕方ない。



「……行くわよ」



 ブラッド殿下に睨まれて、王妃様が扇子を開いた。歯軋りする口元は見せたくないのだろうか。そして、私を見下ろすように振り向いた。



「リラ。すぐに証拠を叩きつけて、縛り首にしてやるわ。待ってなさい」



 王妃様になげだされたせいで、床に座り込んだ私にそう言うと、王妃様は塔を去っていった。

 

 石造りの床が冷たい。婚約破棄をしたのは、フィラン殿下だ。自分勝手なのも、フィラン殿下だった。



「大丈夫か? リラ」



 そっと頬を撫でた。少しだけまだ痛い。王妃様にひっぱたかれたせいだ。彼女は憎しみを込めて私を何度も引っ叩いたのだ。大事にしていた唯一の子供が暗殺されたのだ。犯人は、私だと思っているのだろう。



 近いうちに、処刑でもされるかなぁと思う。どうせ処刑されるなら、婚約破棄なんかしないで欲しかった。いや、そもそも、私と婚約など結んでほしくなかった。



「リラ。頬が赤くなっている」



 誰もいなくなった部屋で、ブラッド様がしゃがみ込んで私に手を差し出した。慈しむように彼が私の頬を撫でる。先ほどの王妃様相手と違い、優しい青い瞳で私と視線が交わった。



「ブラッド様……」

「大丈夫だ……すぐに出してあげるよ」



 ブラッド様が私の頭をそっと撫でると、背後の扉に振り向いた。



「ジェイド。入って来てくれ」



 やって来たのは、騎士団に所属する公爵家の嫡男ジェイド様だ。黒髪に黒い瞳。細身ながらも筋肉質な身体のジェイド様が、ブラッド様に呼ばれて入って来ると、私の前に跪いた。

 突然のことに、ブラッド様に支えられた腕をギュッと握ってしまう。



「リラ様。お久しぶりです」

「ジェイド様……」



 紳士のようにジェイド様が柔らかい表情を私に向ける。



「リラ。ジェイドと婚約を結ぶんだ」

「ジェイド様と?」

「そうだ。彼なら公爵家であるし、早々に王妃も城の者も手を出せない。すぐにジェイドと婚約を結んで彼のフェアラート公爵邸へと身を寄せるんだ」

「でも、それでは、ジェイド様にご迷惑が……」



 ブラッド様の腕の中からジェイド様を見ると、彼は笑みを零して私の前に跪いた。



「迷惑などかかりません。リラ様とは結婚を望んでいます。どうか、一緒に行きましょう」

「本当に?」

「この命にかけてお守りいたします」



 騎士らしく頭を傾げるジェイド様。ブラッド様に視線を移すと彼はそっと頷く。



「わかりました……ジェイド様。その……どうぞよろしくお願いいたします」

「もちろんです。では、すぐに行きましょう」

「はい」



 ジェイド様が差し出す手に、震える手を伸ばした。その不安気な私の手をしっかりとジェイド様が掬い取り歩き出した。



「リラ。またすぐに会えるよ」

「はい」



 ブラッド様がそう言う。そうして、ブラッド様に見送られて、私はそのままジェイド様と城の塔を出て、フェアラート公爵邸へと向かった。







< 2 / 44 >

この作品をシェア

pagetop