血に堕ちたライラックはウソにまみれている

第二十話 似てない王子

 王城の一室。陛下の執務室に行けば、不愉快な面持ちで陛下が書斎机の椅子に座っていた。部屋に入ると、陛下は書類を乱暴に机に置いた。



「ブラッド。まだ、フィラン暗殺犯を捕まえられんのか?」

「まだですよ。陛下」

「早く捕まえねば、お前の資質も疑われるぞ」

「だからといって、無実の令嬢を捕まえるわけにはいきませんからね……」

「本当に、リラ・リズウェル伯爵令嬢は違うのか?」

「リラなら、あんなところで見つかりませんよ。彼女はバカじゃない。ナイフを持って一緒にいるなど愚かです。リラに聞けば、ずっと眠らされていたようですし……」

「眠っていた証拠はない」

「すぐに騒ぎが起きてしまいましたからね。王妃がすぐに塔に幽閉したのも不味かった。おかげで、騎士団がリラに魔法をかけられていたかどうか、調べるのが遅くなり、魔法の残り香すら調べられませんでした」

「連れて行ったのは、騎士団だ。調べたのではないか?」

「ええ。王妃のお気に入りの騎士たちが連れて行ったようです。俺の息のかかってない騎士ですよ」



 陛下が眉根にシワを寄せる。



「……なら、早く捕らえろ。王妃の胸の内も考えよ」

「意外と妻想いでしたか」

「ふざけるなよ……っ」



 憤懣を必死で抑えているのがありありとわかる。髭面に、フィランの優しい顔立ちと違う陛下。白髪がここ数週間で増えたのだろうか。



「ふざけていませんよ。邪魔しているのは、王妃ですよ。すぐにリラを処刑しようと、勝手に騎士を動かして困っております。それとも、我々騎士団に誤認逮捕という泥を塗るつもりですか。ああ、王妃は、俺が王太子になることを嫌っていますから、俺を陥れようとしているのかもしれませんね」

「なら、早く捕えよ! 近々隣国アギレアの使者がやって来る! それまでにフィランを殺した奴を処刑するのだ!」



 戦争が終わったばかりで、初めてアギレア王国の使者が来る。彼らが、今この国で王太子暗殺を知れば、どう思うだろうか。その隙をついて、王位をかすめ取ろうと戦争をまた始めるかもしれない。陛下はそう思っている。



「そう簡単に言われましても……そう思うなら、どうぞ王妃にご進言ください」



 フィラン殿下が死んでから、陛下も心穏やかではない。王妃のように激情に身を任せて動かないということは、まだ俺の母を想ってのことだろうか。だが、素直に王太子が空席のままなのは、まだフィラン殿下を立てているのだろう。



「いいだろう……だが、フィランを殺した奴をあと一週間で見つけよ。一週間後には、アギレア王国の使者が来る。期限はそれまでだ。見つからなければ、リラ・リズウェルを捕らえよ」

「リラを無実で処刑するつもりですか?」

「まったくの無実ではない。現場にいたことが不審なのだ。それだけで、捕える理由がある」



 リラは犯人ではない。だが、王妃のように直接動かさなくとも、陛下はリラを処罰するつもりだ。



「王太子の件は、王妃の気持ちもある。フィランがあんなことになったばかりだ」

「では、少しはなだめてください。今も、王宮に籠っているそうで……」



 冷ややかな眼で座っている陛下をみると、怒りを滲ませた彼の眼が俺の姿を見て立ち上がった。



「……アリアに似ても似つかん!」



 母の名前をだした陛下が不愉快そうに立ち上がり、執務室を出て行った。







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