血に堕ちたライラックはウソにまみれている

第二十二話 開けられた扉

 リラを処刑するために、クレメンスを送れば、すぐにブラッドに邪魔をされた。

 ブラッドには、気づかれないように王都を出発させたはずなのに……どこかに、ブラッドの放った密偵がいるはず。でも、わからない。あの男は、感情が読めなくて、行動も理解しがたいものがある。



「クレメンス。一緒に連れて行った騎士に密通者はいないの?」

「いません。みな、ブラッド殿下の登場に驚いていました……」

「そう……怯まなかったのは、お前だけね」

「当然です。私は王妃様のためなら、何でもします」

「まぁ、可愛いことを……」



 誰もいない秘密の部屋。クレメンスと逢引きするための秘密の部屋だ。豪華なソファーに座る私に、クレメンスが近づけば、彼の後頚に手を回して引き寄せた。



 いつものようにキスを交わせば、慣れた様子でクレメンスが私の舌を絡めとる。

 若いクレメンスは、私の愛人だった。陛下とは、閨を離れて久しい。陛下と共感できるものは、フィランのことだけ。そうでなければ、一度たりとも彼と心が通ったことはない。



 クレメンスは、可愛い野心家だ。私の寵愛があれば、出世は間違いない。だから、彼は私のために何でもする。私の寵愛を受けるために……。



「……明日には、またリラを捕まえに行きます。必ずリラを王妃様に献上します」

「そう……でも、無理よ。公爵家に何度も踏み込めないわ」



 ジェイドのいるフェアラート公爵家は没落でも何でもない。家格の高い家だ。何度も何度も踏み込めない。フェアラート次期公爵の婚約者ならなおさらだ。しかも、ブラッドが出てきた。クレメンスごときでは、太刀打ちできない。

 陛下のご威光で踏み込ませるしかない。



 ブラッドは、それがわかっていてリラをジェイドのところに預けたのだ。あっさりとリラの居場所が判明したのは、そういうことだろう。

 ブラッドは、リラを隠す気がなかったのだ。だけど、どこにでも置いておけないから、ジェイドのところに預けたのだ。



 だけど、ブラッドの思い通りになどさせない。陛下の命令なら、ブラッドごときでは止められない。



 忌々しい王子だった。母親は王族であり、結婚が決まらない令嬢で、仕方なく陛下が後宮に入れた。そして、すぐに懐妊した。

 でも、疑いはあった。あまりにも早すぎる懐妊に、陛下の御子ではないのではと、密やかな噂になっていた。

 そして、育つにつれて陛下とは似ても似つかない王子。青い髪色は陛下とも母親とも違う。そのせいで、母親は王族でありながら、陛下の妃にすらなれなくて、妾のままで早逝した。

 冷たい瞳はフィランの優しい雰囲気とも違う。誰かに似ているとは思う。あの眼は誰だったか……いつもはっきりと思い浮かばない。



「どうしました? 王妃様」

「……早くリラを処刑したいわ。このままだと、あの女はフェアラート公爵夫人になってしまう。そうなったら、今以上に手を出せない」

「大丈夫ですよ。王妃様の威厳があれば、公爵家など取るに足りません」

「……あなたがもっと高い地位ならねぇ」

 

 ムッとした表情を隠せないクレメンスが、私のドレスの中へと手を伸ばす。



「……っ、陛下から、フェアラート公爵に手紙を出してもらうわ。あの女を差し出させるから、それに合わせて、お前が捕えに行ってちょうだい」

「お任せください。必ず、王妃様に献上してみせます」

「次は失敗はないわよ。必ずリラをフィランと同じようにしてやるわ」



 ニヤリとするクレメンス。早くリラを処刑しないと気が済まない。



 その時に、部屋の扉が勢いよく開けられた。













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