血に堕ちたライラックはウソにまみれている

第二十三話 揺らぐカサブランカ

「これは、何事だ!」



 あられもない声が扉の向こうまで聞こえていた。その声に、陛下が止めるのも聞かずに飛び込んだ。

 

 王妃に王太子の件とリラの件での話をするために陛下とやって来てみれば、クレメンスと睦み合う姿に陛下が驚愕する。乱れたドレスのなかには、クレメンスの手が伸びていて……。



「どういうことだ。王妃」

「陛下っ!? どうしてここに!?」



 王妃の痴態を見て、陛下が今にも襲い掛かりそうなほど顔を歪ませる。



「王妃。何をなさっておいでか……お前たち、クレメンスを連れていけ」

「「ハッ!」」

「ま、待ってくれ! 私はっ!!」



 クレメンスが、陛下の姿に青ざめる。部下の騎士たちがクレメンスを左右から捕まえて、王妃から引き離す。王妃は慌てて、ドレスの裾を直した。



「ぶ、無礼である! 陛下、これは何事ですか!? ブラッドまで連れてきて……っ!」

「それはこちらのセリフだ。フィランが終えたこんな時に何をしている!?」



 陛下が王妃に詰め寄る。俺の連れて来た騎士たちに捕えられているクレメンスは、必死で王妃に助けを乞おうと視線を送っている。冷ややかに彼を見る。



「クレメンス。お前は何をしている。俺は謹慎を言い渡したはずだぞ。ましてや、王妃様に手を出すなど……ああ、そんな関係だったから、俺が王太子になることを反対していましたか。王妃様」

「ち、違います! 私は、リラ嬢のことで、王妃様のお力になろうと……っ、」

「クレメンス。陛下の御前だ。発言は許さない。話があるなら、牢で聞こう。お前たち、クレメンスを塔の牢屋に連れていけ」

「「ハッ!!」」



 バカなことをしでかしたものだと思えば、連れて行かれるクレメンスが悔しそうに睨む。その彼を見下したように笑いが零れた。

 思わず漏れた笑い声に、陛下が苛立ちから俺に振り向いた。王妃の腹に視線を送れば、陛下の背筋が凍る



「……まさか、腹に子がいるのではあるまいな」



 陛下が俺の視線に一抹の不安を言う。



「そ、そんなわけありませんわ!」

「だが、勝手に問題を起こした騎士団の団員の謹慎を解かないでいただきたい」



 ちらりと王妃を見ると、彼女は知らぬふりで目を反らした。



「……っ黙りなさい、ブラッド。断りもなく部屋にやって来るなど無礼な真似を……っ」

「陛下に呼び出されたのですよ。王太子殿下の問題のことで……」

「お前のすることは、フィランの暗殺犯を捕らえることです! 誰が、お前など王太子殿下にするものか……!!」



「黙れ!!」



 憎々しく王妃が言うと、陛下の怒号が部屋に響いた。びくりと鎮まる王妃を陛下が見据える。



「次の王太子は、ブラッドで決まりだ」

「いけませんわ! 陛下。ブラッドはアリアの子とは言え、父親は不明で……!」

「黙れ。アリアの子は私の子供だ」

「し、しかし……」

「それとも、私の子ではない腹の子を、私の跡継ぎに据えるつもりか? 許さんぞ」



 凄んだ言い方で陛下が王妃を一瞥する。



「ブラッド。王太子の儀式は、フィラン暗殺犯を捕らえればすぐに行う。騎士団総出で犯人を見つけよ。捕らえなければ、先ほど言ったように一週間後にリラ・リズウェルを捕える」



 リラを捕らえて形だけつくろっても仕方ない。それで済むのは、アギレア王国への我が国の面目が立つだけ……その後に、真犯人を見つけろと言うだけの話。

 リラは、見せしめの生贄として処刑される。真犯人は密かに始末されるだけ。



「王妃は、この部屋に閉じ込めておけ!」



 そう言って、陛下が扉を叩いて出ていった。







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