血に堕ちたライラックはウソにまみれている
第二十八話 うろんな緑に添えられたダリア
よく眠っていた。リラのポプリはいつもいい香りで、癒される。昨夜も贈った薔薇に香りを着けて来てくれて……。
リラとの結婚式の準備もさせている。夢にまでみたリラと、やっと結婚できるのだ。心の奥底から喜んでいる自分がいる。
すると、窓の外からリラの声が聞こえた。窓の外に目をやれば、リラが庭にいる騎士たちにクッキーを配っている。健気だと思う。
部屋を見渡せば、アーリーモーニングティーが置いてある。お茶と一緒にクッキーも置いてあった。リラのクッキーなのか、少し歪なクッキーだった。
__大丈夫。リラは、何も知らない。
そう思って、クッキーを一つ齧る。中からは、紙が一枚出てきた。フォーチュンクッキーだろう。紙には、一言『ダリア』……
「ダリアの花でも欲しいのか?」
よくわからない。花の名前をメッセージに入れるとは。
「リラは、花がずいぶんと好きなんだな」
そう呟きながら、お茶を飲んで庭へと向かった。
庭には、ブラッド様の配置した騎士たちがリラのクッキーを食べている。でも、見渡してもリラがいない。すると、使用人入口からやって来たケイナが玄関外から見えた。
「ケイナ」
「ジェイド様」
「リラは、どうしたんだ?」
「リラ様は、警備のユージン様と街に行かれました。私もご一緒しようかと思ったのですが……仕事の邪魔はできないと言って、お断りされてしまって」
ユージンはブラッド殿下の直属の部下で腕が立つ。彼が護衛についているなら王妃が刺客を贈って来ても大丈夫だろうけど……。
「一言言ってくれたら、俺が一緒に行ったのに……」
「リラ様は、きっとお気を遣いになったのですわ。ジェイド様にクッキーを焼くと言って張り切っていましたし……」
「どこに行ったか、聞いているか?」
「もちろんです。ジェイド様の大事な方ですから」
にこやかにケイナが言う。ずいぶんと応援されているものだと思う。
「リラ様は、リーガのところに行って、その後は今夜のジャムと茶葉を買いに行くと言ってました。ちゃんとお聞きしてますわ」
「そうか。……ああ、俺がいない間にクッキーを焼いていたと言っていたな……ケイナが教えたと聞いたが」
「はい。でも、リラ様は面白い提案をしてくださいました」
「提案?」
「クッキーに一言だけ書いたメッセージを入れるんです。ええっと……確か、フォーチュンクッキー? とか言ってました。リラ様は物知りですね。クッキーも、みんな面白がって階下の使用人たちで、みんなでクッキーを食べ合ったんです」
「それをアーリーモーニングティーに出していたのか……」
「はい。リラ様がジェイド様用にとお作りになったもので、リラ様のご指示通りに出してます」
そのクッキーを、先ほどさっそくお茶に添えてくれていた。今夜も持って来てくれるのだろうと思えば、夜が待ち遠しいと思える。
それで、俺に何も言わずに出かけたのだろうか。やはり、リラは気付いてないし、清らかな彼女は何も変わらない。
「他には、リラはどうしてた? 落ち込んでなかったか?」
「大丈夫です。あの怖い騎士様の言った事も、誰も信じていません。私も、リラ様が毎晩ジェイド様の部屋から出てきていることも秘密にしてますから……ああもしかして、秘密にしているから、今夜の香油でもお買いに行ったのでしょうか?」
「毎晩のことなど、言いませんのに……」とクスクスと笑いながら、ケイナが、照れたように言う。
「……毎晩? 何の話だ?」
「純潔がないと言っていた話ですよね? でも、ジェイド様には愛されて結婚しますし……結婚が近いから問題ないと思います。あの騎士様は、きっとリラ様が美しいから嫉妬していたんですよね」
背筋が凍る。リラは毎晩俺の部屋に来ていない。
「リラが、俺の部屋から出て来ていた? いつだ?」
「え……あの、深夜にこっそりと出ていましたよね? 結婚前だから、秘密にしていたのでは……」
違う。リラは、部屋に来てもすぐに帰る。お茶すら飲まずに部屋を出て行っていた。
「……リラは、どこだ?」
「あの……」
「リラは、どこだ!」
「リ、リラ様はリーガの家に行って、ジャムを買ってくると……」
ケイナの発言に目の色が変わった。リラが毎晩来ていたなど知らない。気づきもしなかった。突然の強い声音にケイナがびくりと肩を縮込ませた。
眉が吊り上がる。身体中が冷たくなる。そのままの勢いで馬に乗って、リラを追いかけた。