血に堕ちたライラックはウソにまみれている

第三話 冷たい水

 フェアラート公爵邸は、王都から一日かけて行ったところにある。王妃の追手が来ることを懸念して、休みもほとんど取らずに私は馬車でジェイド様とフェアラート公爵邸へと逃げて来た。



「リラ様。どうぞ」



 馬車の扉が開けられると、ジェイド様がエスコートしてくれる。



「大きなお邸です……」

「今日から一緒に住むんですよ。あなたの家になるんですから」

「……ジェイド様。でしたら、どうぞ敬語はご遠慮ください」

「いいので?」

「もちろんです」



 にこりと言うと、ジェイド様も笑顔を見せた。



「しかし、リラ様は騎士たちの憧れの的でしたから……」

 

 ジェイド様が悩ましげに言う。



「そんなことありません」



 そのおかげで、何度も色目を使っていると周りから侮蔑されただろうか。

 珍しいライラック色の髪に瞳。周りからこの容姿のせいで、嫌厭されてきた。それと同時に好奇の目にさらされた。おかげで、フィラン殿下の目に留まってしまった。すぐに婚約を結ぶほどに……。



「手が、震えています」



 ジェイド様に触れられている手を下げて、慌てて自身の手で隠した。



「すみません……」



 ジェイド様も、私の噂を知っているのだろう。いいや、間違いなく知っている。腹立たしいほどに。

 今もジェイド様は憂いを滲ませて私を見ている。



「いつか、震えが止まるように努力いたします」

「そうだといいです」

「では、先ずは邸に入りましょう。すぐに食事をお持ちします」

「嬉しいです。塔のなかでは、味気ない食事でしたから」

「期待してください。フェアラート公爵邸の料理人の腕は確かですから」

「はい」



 ジェイド様に促されるままに、私は初めてフェアラート公爵邸へと足を踏み入れた。ジェイド様は終始優しい。食事の間も私を気遣い、食事が終われば部屋へと案内してくれる。



「このお部屋を使ってもいいのですか?」

「もちろんです。必要な物もすぐに揃えます」

「私、何もいりませんよ? 匿ってくださるだけで……」

「そういうわけには……婚約者に苦労を強いるつもりはありませんので」

「……いつか捕えられるかもしれませんよ?」

「王妃には、二度と手を出させません。必ずあなたを守ります」



 そう言って、ジェイド様が私の手の甲に口付けをする。嫌悪感があった。顔も見せなかった男に襲われた時のことが脳裏を掠る。



「……では、おやすみなさい。ジェイド様」

「はい。おやすみなさい。リラ様」



 名残惜しそうなジェイド様に見送られながら部屋に入り、洗面所へと向かった。蛇口を捻ると冷たい水が勢いよく流れ出る。その勢いよく流れる水に両手を突っ込んで、狂ったように洗い、勢いよく顔を水で洗った。



 __今にも、泣きそうだ。



 いつ王妃が私を殺しに来るかわからない。フィラン殿下の仇をあの王妃が見逃すわけがない。それ以上に私を憎んでしまっている。



 あの事件が起きて何もかもが変わってしまった。すでに、私に純潔もない。でもいい。必ず自分の潔白は晴らして見せる。



 鏡を見れば、釣りあがった自分の眼と視線が合った。





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