血に堕ちたライラックはウソにまみれている

第三十話 放たれた草はライラックのそばで

 フェアラート公爵邸に帰れば、ブラッド様の騎士たちが私を出迎えた。



「リラ様。おかえりなさいませ」

「ただいま帰りました」

「はい。ご指示通り準備はできています」

「本当に? これでやっとここを去れるのですね……」



 ホッとした。ここは、ジェイド・フェアラートがいる。いつも不安だった。でも、やっと見つけた。すると、一緒に帰ってきたユージン様が騎士から何かを受け取っている。



「リラ様。こちらは、ブラッド様からの贈り物です」



 ユージン様が、ブラッド様からの贈り物だと言って大きな箱を私に差し出した。この大きさなら、中身は間違いなくドレスだろう。



「ブラッド様から? 嬉しいわ……すぐに着替えますね」

「はい」



 ブラッド様からの贈り物を大事に受け取った。両手で抱えるほどの大きさの箱はドレスだ。ジェイド様から贈られたドレスをやっと脱げるのだ。



 ブラッド様の騎士たちを連れて邸に入れば、迎え出た執事たちが驚く。



「リ、リラ様……お帰りでしたら、ケイナを」

「いらないわ」



 驚いた執事を横目に通り過ぎて、部屋へと行った。すぐにドレスを脱いで、ブラッド様からの贈られたドレスに着替える。



 テーブルの上には、作りかけのポプリがある。その横には、フェアラート公爵邸の図書室で借りてきた花の本が何冊も積んであった。



 ジェイド様は、クッキーを食べただろうか。メッセージの入ったフォーチュンクッキーを。

 冷ややかな眼で、花言葉のページを引き裂いた。





 部屋を出れば、私を守るようにユージンや騎士たちが立っていた。



「リラ様! お着替えでしたら、私が支度に……!」

「ケイナ……」

「それに、こちらの騎士様たちは……どうか、彼らをお下げください! 使用人たちが驚いてます……ジェイド様もすぐに帰って来ますので……何かあれば、騎士様ではなくジェイド様にお伝えくだされば……」



 今まで、庭に配置していた騎士たちが、邸の人間すら近づけさせない様子にケイナたち使用人が怯える。そのケイナを冷たく見据えた。



「ケイナ……私とジェイド様をどう思います?」

「お、お二人ですか? ジェイド様は身目麗しくて、誰もが憧れる方です。そんな完ぺきな方に愛されるリラ様も美しくて……凄くお似合いです。相思相愛だと思います」

「そう……虫唾が走るわ」



 ケイナがびくりと身体を震わせる。いくら顔が良くて、誰もが憧れる人物でも、私には不愉快なだけ。そんな理由で、ジェイド様に私を勧めるケイナたちにも不快感が募っていた。自分たちが憧れていれば、無条件で私もジェイド様が好きだと思っているのだ。



 いや、そんな方に愛されることが幸せだと思っている。



「リラ様?」

「身目麗しくて、誰もが憧れる人物なら、私が無条件で喜ぶとでも思っているの?」

「だって……ジェイド様は素敵な方で……」

「ふざけないで。あなたの憧れや希望を私に押し付けないで。不愉快だわ」

 

 私に気持ちなど、微塵も考えないで。



「ど、どうして怒ってらっしゃるのですか!? 私、何もしてません! 夜のことも邸の外には、漏らしてません! だから、リラ様の純潔の話など、外にはバレてないはずです! あの怖い騎士様は、きっと何か勘違いして……っ」

「夜に私がジェイド様の部屋から出て来ていたのを見たのね。でも、クレメンスの言った純潔の話はそれとは別なの」



 ケイナは勘違いしている。私がジェイド様の部屋から深夜にでてきた理由はそれではない。でも、使用人たちには、勘違いしたままで私がジェイド様の部屋から出て来たことを話していたのだろう。



 毎日、毎日。ジェイド様の恋を応援するケイナ。フェアラート公爵邸全体がそんな空気だった。それが、私には不愉快だった。



「リラ様……?」

「あの男が私に何をしたと思うの……穢らわしい」



 思い出せば、怖くて腹立たしくて奥歯をギュッとかみ締めた。ケイナが恐れながら近づいてくる。



「リ、リラ様!」

「近づくな。リラ様に、フェアラートの人間が近付くことは許さない」

「きゃっ」



 ユージン様がケイナを止めると、騎士たちが私を守るように囲んだ。



「ユージン様。すぐに行きましょう。目的は果たしました」

「はい。馬車の準備も整っております。リカルド。すぐにリラ様を馬車にお乗せしろ」

「ハッ! ユージン様!」



 そう言って、リカルドと呼ばれたリーガが返事をする。



「リーガ? どうして……花売りの平民が……」



 ケイナが尻もちをついたままでリーガを呆然と見る。



 リカルドと呼ばれたリーガが、ケイナに侮蔑を込めた笑顔を向けて通り過ぎる。子供なのに、表情で見せた雰囲気には子供らしさはどこにもなかった。



「すぐにブラッド様のところへ行くわ」



 そうして、不穏な空気を残したままで、私はブラッド様の騎士たちを連れてフェアラート公爵邸を去った。







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