血に堕ちたライラックはウソにまみれている

第三十一話 砕けたフォーチュンクッキー

 急いでフェアラート公爵邸に帰れば、邸は騒ぎが起きていた。庭には、驚くことにリラのためについていた騎士団が一人もいない。

 玄関に飛び込めば、執事を筆頭に使用人たちが固まって困惑していた。



「ジェイド様!」

「リラは!? 彼女は帰って来てないのか!?」

「か、帰りました! で、でも、騎士団たちと一緒に出て行ってしまわれて……」



 リラがいなくなった。すぐに追いかけようと振り向いた。でも、足が一瞬で止まった。リラが、ここに来た目的があれば……そう思えば、目の前の執事を突き飛ばして、急いで自室へと駆けあがった。



 部屋に行けば、荒らされた様子はなく、出て行った時のままだった。その部屋のベッドにある枕を勢いよく持ち上げた。



「……!?」



 あるものがない。いつもここに置いて、支度をする時に腰に差していたナイフが……。

 フェアラート公爵家の家紋に、俺のジェイドと言う名前にちなんで作られたエメラルドグリーンの石の付いたナイフがない。

 

「クソッ!!」



 そばにあったテーブルを叩きつけると、リラが焼いたクッキーが割れてばらけて落ちていく。

 クッキーが視界に入れば、クッキーの中から一言だけ書かれた紙も落ちていった。

 リラが焼いたフォーチュンクッキー。フォーチュンクッキーは、中に一言だけ書いたメッセージが入っている。紙を見れば、『イエローカーネーション』『ダリア』『スノードロップ』『インパチェンス』など……意味がわからずに、ただただ握りつぶした。



 部屋を飛び出せば、リラの部屋の前でケイナがリラに冷たくされたと言って、喚いて泣いている。



「ケイナ! なぜ、リラを一人で行かせた!? リラは、何も言わなかったのか!?」

「ジェ、ジェイド様……!?」

 

 感情のままに叫んだ。



 リラがいない。何も、気付いてないはずだった。彼女は凛として、優しくて、何よりもすべてが美しくて……。

 そのリラが、騎士団を率いていなくなった。



 開いたままのリラの部屋からポプリ作りに使っていた香りが漂う。部屋に視線をやれば、リラのいつも通りの部屋のままだった。



「何も持たずに行ったのか?」



 俺が贈ったドレス一つ持たずに。



 泣きわめくケイナを背後にリラのポプリ作りに使っていたテーブルの上には、何冊もの本が積んである。そのテーブルの上に本のページが乱暴に破られて置いてあった。

 

 何もかもに愕然とする。



『イエローカーネーション、侮蔑……ダリア、裏切り……スノードロップ、あなたの死を望みます……インパチェンス、触れないで……』いくつもの花言葉、それも、とても好意を寄せるような言葉ではなかった。



 愕然とした。帰って来るつもりか? 違う。そうは思えない。もし、秘密に気付いていたのなら、リラは帰ってこない。



 でも、婚約を結んでくれた。結婚も近くて……受け入れてくれたはずだった。

 でも、リラは、触れさせてもくれなくて……。



「リラは……リラはどこに行った!!」

「ひっ……わ、わかりませんっ……」

「わからないだと?」

「……っそ、そう言えば、ブラッド様のところにと、リーガたちに言っていたように聞こえました……っ」



 リーガもグル……では、リーガは偶然でフェアラート公爵邸に来たわけではない。



 そのまま、激情のままフェアラート公爵邸を飛び出した。馬に乗って急いでリラを追いかけて王都へと向かう。



 __リラがいない。

 __リラが。

 __リラ。



 誰にも渡したくない。やっとリラと婚約できた。結婚まで、もうすぐで……やっと自分だけのものになるはずだった。だから、嫌われないように、リラに触れることを我慢していた。もうすぐで俺だけのモノになるから……。



 それなのに、リラは俺を裏切っていた。リラが__。





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