血に堕ちたライラックはウソにまみれている
第三十七話 砕ける緑 3
__フィラン殿下が殺されたあの日。
フィラン殿下は、私を後宮に入れることを決めた。それを知ったジェイド様は、フィラン殿下に詰め寄っていた。
『約束が違う! リラは俺にくれると……!』
『結婚はしてもいい。だが、リラは後宮に入れる。お前は愛人でもなんでも取ればいい』
『……リラは誰にも渡さない』
そう言って、ジェイド様は感情が抑えられないままフィラン殿下を刺した。一突きだった。形だけの騎士ではないジェイド様にとっては、フィラン殿下を音もなく殺すことはたやすかっただろう。フィラン殿下は悲鳴を上げる暇もなかった。
既婚者でも、後宮に入ることは可能だ。殿下として跡継ぎ問題がある場合は、わざと既婚者を後宮に入れることはある。だけど、そうなったら、このまま私は一生フィラン殿下の妾になってしまっていたはずだ。
「リラ。一緒に帰ろう……」
「近づかないで。二度と近づきたくない……あの時、ブラッド様が助けに飛び込んでくれなかったら、どうなっていたと思うの」
「違う! あれは、フィラン殿下の指示で……!」
「でも、実行したのはあなたよ。……魔法で顔を隠し……いいえ、薬を盛られているせいで、私は、目の前の顔すらわからなかった。卑怯なあなたが、どれほど怖かったと思うの」
蔑むようにジェイド様を見ると、彼は俯いて懺悔するように小さな声音で言った。
「フィラン殿下は、約束を守らなかった……リラをくれると言ったのに……」
「だからカッとして、持っていたナイフでフィランを刺した。お前はそのまま、ナイフを持って逃げただろう。俺とリラが密かに見ていることなど知らずに……フィランがリラを惜しくなって手放すなど考えられなかったのだろうな。無理やり後宮に入れるつもりで、王妃にもリラの後宮入りの話をしていた」
ジェイド様は、自分の想いをフィラン殿下に利用された。だからといって、私にしたことは許せるものではなかった。
そして、私はブラッド様に助けられて、その勢いで彼に身を預けた。それから、何度も逢瀬を繰り返した。ブラッド様がいなかったら、私はジェイド様がしたことで、今も怯えていたままだった。実際に、フェアラート公爵邸にいる時はずっと怖かった。
「見ていた……いつから……」
「すべて見ていた。ナイフを持って逃げたのも、フェアラート公爵家の家紋にジェイドの名前からとった石のついたナイフを置いていけなかったのだろう。お前のものだと一目瞭然だからな」
「では、リラが倒れていたのは……」
「あれこそ、俺とリラの自作自演だ。俺が魔法で眠らせたのだよ」
「リラにそんな恐ろしいことを……なぜ……」
「なぜ? 理由なんて一つよ」
私とブラッド様はそのナイフを手に入れるために、婚約ごっこを始めた。言い逃れができる可能性のあった有力な公爵家であるフェアラート公爵家。王妃に嫌われているブラッド様の言葉が、フェアラート公爵家より重きを置く可能性が低い。
それ以上に、私はこの男が許せなかった。
「まさか……俺に復讐したのか?」
「訴えても、私の立場は悪いものだったわ……王妃様は私とブラッド様を嫌っていたし、フェアラート公爵家の力があれば、あなたのことはもみ消される。ただでさえ、フィラン殿下が後宮入りを画策していたのに……そんな噂の渦中にあった時にフィラン殿下の暗殺が起きて、私とブラッド様が証言しても、王妃様は信じると思うの? 理由があれば、すぐに私を処刑しようとした王妃様が私たちに耳を傾けると信じているの?」
王妃様は、彼女に意見する私を嫌っていた。
戦争時に負傷者や聖女を見捨てた王妃様は、私が彼らを迎えに行くことを良く思わなかった。それでも、私は騎士団も聖女も見捨てられずに、フィラン殿下や王妃様の言葉に従わずに城を出て行った。
ジェイド様が、訴えるような眼を向ける。
「その顔は止めて。自分が聖人とでも思っているの? あなたのしたことは最低よ」
「あれは……頼まれたからだ。リラ以外にはしなかった……俺がしなければ、他の誰かに話を持っていくと……」
「でも、ダメ……どうしても、私には許せないの」
思いつめたような顔でジェイド様が私を見る。ブラッド様は、私の身体の強張りに気付いて抱き寄せる手に力を入れた。
「だから、思いつめるな、と言った。お前は、リラが好きすぎて、リラを無理やり連れて行こうとしたクレメンスにも手を下した。もしかしたら、クレメンスがリラを襲った犯人がジェイドだと気付いているかもと、思ったのではないか? お前は、あのリラの事件のことを知られたくなかったはずだ。その時のナイフは置いて行ったが……あれは、フィラン殿下と同じような状況にして、クレメンス殺害の第一発見者に、フィラン殿下暗殺の罪を着せる気だったのだろう? もしくは攪乱でもさせるかだ」
フィラン殿下は、私を後宮に入れることを決めた。それを知ったジェイド様は、フィラン殿下に詰め寄っていた。
『約束が違う! リラは俺にくれると……!』
『結婚はしてもいい。だが、リラは後宮に入れる。お前は愛人でもなんでも取ればいい』
『……リラは誰にも渡さない』
そう言って、ジェイド様は感情が抑えられないままフィラン殿下を刺した。一突きだった。形だけの騎士ではないジェイド様にとっては、フィラン殿下を音もなく殺すことはたやすかっただろう。フィラン殿下は悲鳴を上げる暇もなかった。
既婚者でも、後宮に入ることは可能だ。殿下として跡継ぎ問題がある場合は、わざと既婚者を後宮に入れることはある。だけど、そうなったら、このまま私は一生フィラン殿下の妾になってしまっていたはずだ。
「リラ。一緒に帰ろう……」
「近づかないで。二度と近づきたくない……あの時、ブラッド様が助けに飛び込んでくれなかったら、どうなっていたと思うの」
「違う! あれは、フィラン殿下の指示で……!」
「でも、実行したのはあなたよ。……魔法で顔を隠し……いいえ、薬を盛られているせいで、私は、目の前の顔すらわからなかった。卑怯なあなたが、どれほど怖かったと思うの」
蔑むようにジェイド様を見ると、彼は俯いて懺悔するように小さな声音で言った。
「フィラン殿下は、約束を守らなかった……リラをくれると言ったのに……」
「だからカッとして、持っていたナイフでフィランを刺した。お前はそのまま、ナイフを持って逃げただろう。俺とリラが密かに見ていることなど知らずに……フィランがリラを惜しくなって手放すなど考えられなかったのだろうな。無理やり後宮に入れるつもりで、王妃にもリラの後宮入りの話をしていた」
ジェイド様は、自分の想いをフィラン殿下に利用された。だからといって、私にしたことは許せるものではなかった。
そして、私はブラッド様に助けられて、その勢いで彼に身を預けた。それから、何度も逢瀬を繰り返した。ブラッド様がいなかったら、私はジェイド様がしたことで、今も怯えていたままだった。実際に、フェアラート公爵邸にいる時はずっと怖かった。
「見ていた……いつから……」
「すべて見ていた。ナイフを持って逃げたのも、フェアラート公爵家の家紋にジェイドの名前からとった石のついたナイフを置いていけなかったのだろう。お前のものだと一目瞭然だからな」
「では、リラが倒れていたのは……」
「あれこそ、俺とリラの自作自演だ。俺が魔法で眠らせたのだよ」
「リラにそんな恐ろしいことを……なぜ……」
「なぜ? 理由なんて一つよ」
私とブラッド様はそのナイフを手に入れるために、婚約ごっこを始めた。言い逃れができる可能性のあった有力な公爵家であるフェアラート公爵家。王妃に嫌われているブラッド様の言葉が、フェアラート公爵家より重きを置く可能性が低い。
それ以上に、私はこの男が許せなかった。
「まさか……俺に復讐したのか?」
「訴えても、私の立場は悪いものだったわ……王妃様は私とブラッド様を嫌っていたし、フェアラート公爵家の力があれば、あなたのことはもみ消される。ただでさえ、フィラン殿下が後宮入りを画策していたのに……そんな噂の渦中にあった時にフィラン殿下の暗殺が起きて、私とブラッド様が証言しても、王妃様は信じると思うの? 理由があれば、すぐに私を処刑しようとした王妃様が私たちに耳を傾けると信じているの?」
王妃様は、彼女に意見する私を嫌っていた。
戦争時に負傷者や聖女を見捨てた王妃様は、私が彼らを迎えに行くことを良く思わなかった。それでも、私は騎士団も聖女も見捨てられずに、フィラン殿下や王妃様の言葉に従わずに城を出て行った。
ジェイド様が、訴えるような眼を向ける。
「その顔は止めて。自分が聖人とでも思っているの? あなたのしたことは最低よ」
「あれは……頼まれたからだ。リラ以外にはしなかった……俺がしなければ、他の誰かに話を持っていくと……」
「でも、ダメ……どうしても、私には許せないの」
思いつめたような顔でジェイド様が私を見る。ブラッド様は、私の身体の強張りに気付いて抱き寄せる手に力を入れた。
「だから、思いつめるな、と言った。お前は、リラが好きすぎて、リラを無理やり連れて行こうとしたクレメンスにも手を下した。もしかしたら、クレメンスがリラを襲った犯人がジェイドだと気付いているかもと、思ったのではないか? お前は、あのリラの事件のことを知られたくなかったはずだ。その時のナイフは置いて行ったが……あれは、フィラン殿下と同じような状況にして、クレメンス殺害の第一発見者に、フィラン殿下暗殺の罪を着せる気だったのだろう? もしくは攪乱でもさせるかだ」