血に堕ちたライラックはウソにまみれている

第三十八話 砕ける緑 4

 クレメンスが騎士団の塔の牢屋に拘留されていた時。ジェイド様は、密かにクレメンスに会いに行った。放心状態のクレメンスは、ジェイド様が来ると必死で格子に縋りついて助けを求めていたと言う。



『クレメンス……』

『ジェイド!? 助けてくれ!! このままだと私は終わりだ!』

『……なら、リラに近づくな』

『あれは、王妃様に頼まれて……噂のことも知らない。俺は、フィラン殿下から密かに噂を流せと言われただけだ。噓なんか言ってない。フィラン殿下は、リラ嬢が襲われたことを知っていた。だから、純潔の話を流せばいいと言って……』

『リラの純潔はそのままだ。フィラン殿下でも知らないこともあるのだ』

『なぜ、そう言い切れるんだ? 俺はフィラン殿下から聞いて……ジェイド?』



 驚くクレメンスが、胸の違和感で視線を下げた。胸からは、血が滲み出てきた。そうして、ジェイド様はクレメンスの心臓を一突きにした。そして、ナイフを適当に投げた。

 そのナイフを、あとから来た王妃様が拾い、ブラッド様が現行犯で捕まえた。



「証拠がない……! 俺はリラを守ろうとしていただけで……」

「だから、証拠のナイフを手に入れたかったのだよ」

「そのナイフが何の証拠になるのです!? それに、リラを返してください。婚約は破棄されてない。リラは俺のものだ!」

「だから、リラは二度と返さないと言った。証拠もある。リラは、襲われた時にこのナイフに魔法をかけていた。いくら血を落としても、リラの魔法が発動すれば、リラを襲った犯人はお前で確定だ」



 私とブラッド様が何もかもお見通しだったことに、ジェイド様が歯を食いしばり視線を反らした。クレメンスのことも、ブラッド様はジェイド様が何かする気だと確信していた。



 だから、クレメンスをあの騎士団でもひと気のない塔の牢屋に入れた。

 まさか、フィラン殿下と同じように殺すとは思わなかったけど……。



 私たちは、最初は王妃の醜聞を作るためだったはずなのに、そこにクレメンスがジェイド様の触れられたくないことに触れてしまい、彼はクレメンスをも殺害した。



「王妃だって、あなたの言うことを真に受けるか……悪いが、これでもフェアラート公爵家は王族の信頼があるのです」

「苦し紛れだな……だが、もう遅い。お二人は、フィランと同じところにお送り申した」

「何を言って……」

「俺が何の手も打ってないと思ったか?」

「まさか……陛下を……」



 ブラッド様が見下したように口角を上げて笑顔を見せる。ジェイド様の顔色は、絶望が深まっていっている。



「リラ。そろそろ魔封じを解こう。疲れてきた」

「はい。ブラッド様」



 そう言って、ブラッド様が私の手を取った。早く解かなければと思っていた魔封じの紋様に、ブラッド様が大事そうに口付けをする。



「……リラ!」



 ブラッド様が私に触れるのを、止めようとジェイド様が手を伸ばすと、ジェイド様の周りを取り囲んでいる騎士たちがジェイド様を左右から抑えた。



「離せっ……!!」

「うるさいな……」



 ブラッド様が鬱陶しそうに言うと、彼の手から魔法の光が溢れてきた。王妃に付けられた魔封じの紋様が光とともに消えていく。



「ありがとうございます……ブラッド様」

「どういたしまして……さぁ、終わらせて早く二人で休もう」

「はい……リカルド。お願い」



 ブラッド様の手が、私の肩を支えたままでリカルドと呼ばれたリーガが、持っていたナイフをトレイごと差し出した。



 そのナイフに魔法をかけると、ナイフの柄がグラグラと動き出した。ジェイド様が、懇願するように、私の名前を呼んだ。



「リラ……」

「リラの魔法を知らないのか? 彼女は、植物の魔法を使うんだ」

「知っている! それくらい……っ、リラは、癒しの魔法だけでなく、他の魔法も使えて、そのせいで王妃に塔に捕らえられた時に、魔封じの紋様を刻まれて……」



 ブラッド様が言ったところで、ジェイド様がハッとした。



「襲われたあの時に、私が何かの魔法を使おうとしたことを思い出した? ブラッド様が飛び込んでくれたから、気付いてないと思ったけど?」



 すると、証拠品のナイフから植物の蔓が一気に発芽して伸びてきた。ナイフを持っていたリカルドも驚いている。



「そんな……」

「襲われた時に、抵抗しようとしたわ……薬を盛られているせいで、上手く使えなかったけど……間違いなくあなたのナイフに種を埋め込んだ。発芽させられなかったせいで、何の抵抗も出来ずに終わったけど……」



 発芽した蔓に押しのけられて、ジェイド様のために埋め込まれていたナイフの緑の石がコロンと落ちた。そのせいで、緑の石が埋め込まれていたところが露になる。



「……予想通りだ。あれだけの血が返り付いていたんだ。どこかにフィランの血が残っていると思っていたが……」



 緑の石が埋め込まれていたところには、渇いた血が付いていた。間違いない。フィラン殿下の血だ。



「誰の血か説明できるな?」

「説明できなくても、私を襲ったナイフで間違いないわ。それと同じナイフでフィラン殿下が刺されましたわ。緑の石が光ったのを二人で見ましたもの」



 間違いなく、同じナイフを使われた。何度も深夜にポプリの香りで眠らせたジェイド様の部屋に忍び込んで探した。でも、どこにもなかった。当然だ。ジェイド様はこのナイフが人の目に触れることを恐れていた。だから、肌身離さず毎日腰に差して、寝ている間は、自分の枕の下に隠していた。



「……っリラ、どうして……こんなに好きなのに……!」

「あなたの愛の言葉はいらないの。大っ嫌いよ」

「リラ!!」



 鬼気迫った様子でジェイド様が叫ぶと、ブラッド様が私をさらに抱き寄せた。



「ブラッド・クラルヴァインの名のもと、ジェイド・フェアラートを捕らえろ! フィラン殿下暗殺犯だ!」









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