血に堕ちたライラックはウソにまみれている
第四話 赤い薔薇
__数日後。目を覚ませば、未だ見慣れない部屋に戸惑う。
「フェアラート公爵邸へと来たんだった……」
眠い……そう思いながら、ベッドから起き上がり、着替えを済ませて部屋を出ると、廊下には、花束とメッセージカードが置いてあった。メッセージカードには、『居間で待っている』というもの。
……居間ってどこでしょうか。
しかも、真っ赤な薔薇の花束は、両手で抱えないと持てないほどだ。
「リラ様。朝の支度に参りました」
「ケイナ」
彼女は、ジェイド様が私に付けてくれたメイドだ。クセのある柔らかい金髪の若いケイナは、私の世話係に抜擢されたせいか、毎朝張り切ってやって来る。でも……
「ケイナ。いつもありがとうございます。でも、支度は大丈夫ですよ? 私はドレスも持たずにジェイド様が連れて来て下さったし……」
「ジェイド様は、リラ様に夢中みたいですね。朝も早くから庭師のところに行ってました」
「まさか、この薔薇は……」
「はい。ジェイド様からですね。とっても素敵です」
まさか、朝早くから薔薇を庭園から積んでくるとは……そう言えば、フィラン殿下も私にと、真っ赤な薔薇を贈ってくれていた。少し照れたような笑顔で持って来ていた。
それが、死体となって薔薇のような真っ赤な血のなかで目を見開いて倒れていた。
「……ケイナ。私の支度はいいから、この薔薇をお願い。良かったらここに飾ってくれる?」
「はい。すぐにいたします」
満面の笑みのケイナに薔薇を渡すと、彼女は自分が貰ったように喜んでいる。
「嬉しそうですね。いいことでもありました?」
「リラ様が来て下さったから……みんな喜んでいます。あのジェイド様がご令嬢をお連れになったと、騒いでいますから!」
「そうなの? でも、ジェイド様は女性に人気ですよね?」
「手紙や、お茶会といって、ジェイド様目当てにフェアラート公爵邸へやって来るご令嬢はたくさんいましたが……ジェイド様は誰にも靡きませんでしたよ?」
「まぁ……」
騎士団でも、彼が現れると黄色い歓声が上がるほどの方だ。縁談の申し込みも多かっただろう。それなのに、私が偽りとはいえ婚約者に収まってしまって申し訳ない。
「ケイナたちも、ジェイド様が好きなのね」
「そ、そんなっ……その、憧れているだけです」
「使用人たちみんなの憧れね」
「はい! でもリラ様とジェイド様はとってもお似合いです。リラ様は美しいですし……」
「ありがとう。でも、そろそろ行きますね。ジェイド様が待っているの」
「ええっ! す、すみません! お引止めしてしまって!」
「大丈夫です」
慌ててケイナが頭を下げる。彼女は、年相応の憧れをジェイド様に持っている。フェアラート公爵家は見目麗しい家系だから、この邸のメイドは人気の職だったと思う。メイドになる競争率も高かっただろう。
フフッと笑顔でケイナに軽く手を振って、そのまま一階に下りれば、廊下でジェイド様が待っていた。
「ジェイド様?」
「ああ、おはよう。リラ様。来てくれて嬉しいよ」
朝から眩しい笑顔で私を迎え入れるジェイド様。艶のある黒髪が少しだけ揺れる。ジェイド様は騎士団でも人気者で、精悍な彼はマントを靡かせて歩くだけで絵になる。
しかも、高貴な身分で婚約者すらいない。女遊びをしたという噂一つない方だ。
「少しは落ち着いたか?」
「はい。休ませてくださったのですね」
「あんな事があったんだ。しばらく邸から出ない方がいい」
「でも、ご迷惑では……お仕事も探そうかと思っているんです」
「仕事をする必要はないだろう? 君は、公爵夫人になるのだから」
「私は、濡れ衣とはいえ、フィラン殿下殺人の容疑をかけられているんですよ? ジェイド様にご迷惑がかかります」
「かからない。犯人捜しも騎士団で行っているし、ブラッド様も尽力下さっている。リラ様が心配することは無い」
優しい。そっと笑顔を向ければ、ジェイド様が照れたように目を細めた。
「ジェイド様。薔薇をありがとうございます」
「喜んでもらえただろうか……その、女性に花束を贈るのは初めてで……」
「はい。でも、初めてなんて驚きです。ジェイド様は、人気者ですのに……」
「好いた女性に振り向いてもらわなければ意味がないので……」
そう言って、ジェイド様が私の髪を一束掬い取り、口付けをする。
「あなたが振り向いてくださるなら、何でもします」
「私のために?」
「はい。それに、少しは気にしてくれたのだろうか?」
「そ、そうですね……その、ジェイド様のことはご存じでしたので……」
「それは、嬉しいです。それに、まだあるんです。どうぞこちらに」
私の髪を名残惜しそうに離すと、ジェイド様が居間の扉を開けた。部屋の中には贈り物が山のようにある。
「ジェイド様……こちらは?」
「すべてリラ様のです。何も持たずに来られたので……」
「こんなにですか? 私、何もお返し出来ないのに……」
「お返しは、何もいりませんが……」
「でも、貰いすぎです。私は、ここに来たばかりですし……」
「でしたら、一つお願いをしても?」
「叶えられることでしたら……」
「では、名前をリラ、とお呼びしても?」
それは、ジェイド様と距離がグッと近くなると言うことだ。ほんの少し憂いを持った口が、口角を上げた。
「ダメでしょうか?」
ほんの少しだけ慌てるジェイド様。愛想もない私の表情に、戸惑っている。
「あの……どうぞリラと呼んでください」
「本当に? 嬉しいです」
「ごめんなさい。上手く笑えなくて……」
「あんな事があったのですから、当然です。ああ、こちらのドレスなどどうでしょうか? きっと、その、リラに似合うと思いますよ」
呼び捨てにすることに照れながら、ジェイド様が言う。
優しい笑みを浮かべたジェイド様が開けられた箱には、ピンク色のドレスがはいっていた。
「こんな可愛いものが私に似合うかしら?」
「もちろんです。あなたは、みんなの憧れですから……」
そう言って、素敵な笑顔を見せたジェイド様からたくさんの贈り物を受け取った。
「フェアラート公爵邸へと来たんだった……」
眠い……そう思いながら、ベッドから起き上がり、着替えを済ませて部屋を出ると、廊下には、花束とメッセージカードが置いてあった。メッセージカードには、『居間で待っている』というもの。
……居間ってどこでしょうか。
しかも、真っ赤な薔薇の花束は、両手で抱えないと持てないほどだ。
「リラ様。朝の支度に参りました」
「ケイナ」
彼女は、ジェイド様が私に付けてくれたメイドだ。クセのある柔らかい金髪の若いケイナは、私の世話係に抜擢されたせいか、毎朝張り切ってやって来る。でも……
「ケイナ。いつもありがとうございます。でも、支度は大丈夫ですよ? 私はドレスも持たずにジェイド様が連れて来て下さったし……」
「ジェイド様は、リラ様に夢中みたいですね。朝も早くから庭師のところに行ってました」
「まさか、この薔薇は……」
「はい。ジェイド様からですね。とっても素敵です」
まさか、朝早くから薔薇を庭園から積んでくるとは……そう言えば、フィラン殿下も私にと、真っ赤な薔薇を贈ってくれていた。少し照れたような笑顔で持って来ていた。
それが、死体となって薔薇のような真っ赤な血のなかで目を見開いて倒れていた。
「……ケイナ。私の支度はいいから、この薔薇をお願い。良かったらここに飾ってくれる?」
「はい。すぐにいたします」
満面の笑みのケイナに薔薇を渡すと、彼女は自分が貰ったように喜んでいる。
「嬉しそうですね。いいことでもありました?」
「リラ様が来て下さったから……みんな喜んでいます。あのジェイド様がご令嬢をお連れになったと、騒いでいますから!」
「そうなの? でも、ジェイド様は女性に人気ですよね?」
「手紙や、お茶会といって、ジェイド様目当てにフェアラート公爵邸へやって来るご令嬢はたくさんいましたが……ジェイド様は誰にも靡きませんでしたよ?」
「まぁ……」
騎士団でも、彼が現れると黄色い歓声が上がるほどの方だ。縁談の申し込みも多かっただろう。それなのに、私が偽りとはいえ婚約者に収まってしまって申し訳ない。
「ケイナたちも、ジェイド様が好きなのね」
「そ、そんなっ……その、憧れているだけです」
「使用人たちみんなの憧れね」
「はい! でもリラ様とジェイド様はとってもお似合いです。リラ様は美しいですし……」
「ありがとう。でも、そろそろ行きますね。ジェイド様が待っているの」
「ええっ! す、すみません! お引止めしてしまって!」
「大丈夫です」
慌ててケイナが頭を下げる。彼女は、年相応の憧れをジェイド様に持っている。フェアラート公爵家は見目麗しい家系だから、この邸のメイドは人気の職だったと思う。メイドになる競争率も高かっただろう。
フフッと笑顔でケイナに軽く手を振って、そのまま一階に下りれば、廊下でジェイド様が待っていた。
「ジェイド様?」
「ああ、おはよう。リラ様。来てくれて嬉しいよ」
朝から眩しい笑顔で私を迎え入れるジェイド様。艶のある黒髪が少しだけ揺れる。ジェイド様は騎士団でも人気者で、精悍な彼はマントを靡かせて歩くだけで絵になる。
しかも、高貴な身分で婚約者すらいない。女遊びをしたという噂一つない方だ。
「少しは落ち着いたか?」
「はい。休ませてくださったのですね」
「あんな事があったんだ。しばらく邸から出ない方がいい」
「でも、ご迷惑では……お仕事も探そうかと思っているんです」
「仕事をする必要はないだろう? 君は、公爵夫人になるのだから」
「私は、濡れ衣とはいえ、フィラン殿下殺人の容疑をかけられているんですよ? ジェイド様にご迷惑がかかります」
「かからない。犯人捜しも騎士団で行っているし、ブラッド様も尽力下さっている。リラ様が心配することは無い」
優しい。そっと笑顔を向ければ、ジェイド様が照れたように目を細めた。
「ジェイド様。薔薇をありがとうございます」
「喜んでもらえただろうか……その、女性に花束を贈るのは初めてで……」
「はい。でも、初めてなんて驚きです。ジェイド様は、人気者ですのに……」
「好いた女性に振り向いてもらわなければ意味がないので……」
そう言って、ジェイド様が私の髪を一束掬い取り、口付けをする。
「あなたが振り向いてくださるなら、何でもします」
「私のために?」
「はい。それに、少しは気にしてくれたのだろうか?」
「そ、そうですね……その、ジェイド様のことはご存じでしたので……」
「それは、嬉しいです。それに、まだあるんです。どうぞこちらに」
私の髪を名残惜しそうに離すと、ジェイド様が居間の扉を開けた。部屋の中には贈り物が山のようにある。
「ジェイド様……こちらは?」
「すべてリラ様のです。何も持たずに来られたので……」
「こんなにですか? 私、何もお返し出来ないのに……」
「お返しは、何もいりませんが……」
「でも、貰いすぎです。私は、ここに来たばかりですし……」
「でしたら、一つお願いをしても?」
「叶えられることでしたら……」
「では、名前をリラ、とお呼びしても?」
それは、ジェイド様と距離がグッと近くなると言うことだ。ほんの少し憂いを持った口が、口角を上げた。
「ダメでしょうか?」
ほんの少しだけ慌てるジェイド様。愛想もない私の表情に、戸惑っている。
「あの……どうぞリラと呼んでください」
「本当に? 嬉しいです」
「ごめんなさい。上手く笑えなくて……」
「あんな事があったのですから、当然です。ああ、こちらのドレスなどどうでしょうか? きっと、その、リラに似合うと思いますよ」
呼び捨てにすることに照れながら、ジェイド様が言う。
優しい笑みを浮かべたジェイド様が開けられた箱には、ピンク色のドレスがはいっていた。
「こんな可愛いものが私に似合うかしら?」
「もちろんです。あなたは、みんなの憧れですから……」
そう言って、素敵な笑顔を見せたジェイド様からたくさんの贈り物を受け取った。