血に堕ちたライラックはウソにまみれている
第四十二話 後日談アイリス
陛下たちの葬儀から一ヶ月後には、ブラッド様の戴冠式が行われる。
戴冠式には、大聖女様も出席なされる。ブラッド様が聖女の地位を盤石なものにしたからだ。祭祀を司る役目持つ大聖女様のお手伝いで、私も他の聖女たちと働いているが……辛い。仕事などしたことがなくて、身体が追いつかない。
能力も低いせいで、癒しの魔法の仕事も続かずに、雑用に回される毎日だった。
貴族で何もしなかった私には、他の聖女たちの当たりもキツイ。でも、いつかブラッド様が迎えに来てくれる。そう信じていた。
それなのに……。
「これは何ですか?」
聖女たちの神殿の周りいっぱいに、エーデルワイスが植えられ始めている。まるで、工事をしているような勢いで。
「知らないの? リラ様が、大聖女様や私たち聖女を讃えて大聖女様にちなんだエーデルワイスの花を聖女神殿に贈って下さったのよ」
「リラが……どうして?」
「本当に何も知らないのね。リラ様は無実だと、ブラッド様が証明されたわ。お二人は、そのまま結婚の準備に入っているの。すぐにリラ様が王妃様になるのよ」
リラがブラッド様と? じゃあ、私は?
ブラッド様が迎えに来て下さるのでは!?
頭に何も入らないままで、そう話した聖女が見下したようにクスクスと笑うなか呆然とした。
「アイリス。仕事はどうですか?」
透き通るような声がすると、聖女が一礼して下がる。大聖女様がエーデルワイスの植え込みの確認に来たらしい。
「大聖女様……ブラッド様は? いつ、私を迎えに来て下さるのです?」
「ブラッド様があなたを? 迎えに来るわけがないでしょう? ブラッド様は、戴冠式やリラ様との結婚式の準備にとお忙しいのですよ」
「うそ……」
愕然とする。
私は、騙された。
社交界にも出られず、世間話も耳に入らずにリラとブラッド様の結婚が進んでいるなど知らなかった。
「どうして、リラなの?」
思わず、ぽつりと呟くと、大聖女様が鋭い視線を私に向けた。
フィラン殿下もリラのことばかりだった。聖女神殿に来ても、リラの噂を何度も聞いた。
リラは、王妃様やフィラン殿下と喧嘩してまで、戦で負傷者した騎士たちや聖女たちを迎えに行った。
王妃様たちに逆らうなんて、バカな令嬢だと思っていた。生意気で、目上の人を敬まないリラを王妃様はいつも嫌っていて……でも、聖女神殿では違う。
あの恐ろしい戦場から、リラは無理やり王妃様が送った聖女たちを迎えに行って、誰もが彼女に感謝と傾倒の意を表していた。
「アイリス……あなたは、負傷者たちの療養施設に行きなさい」
「療養施設……?」
「戦争の傷がいまだ癒せない騎士たちがいるところです。私たち聖女たちがお力になるところです」
「で、でも、私は癒しの魔法の能力は低くて……」
「では、雑用でも何でもしなさい。やるべきことは少なくないのです」
「で、でもっ……」
「王妃様のことをお聞きになったでしょう? あなたは、王妃の不貞に協力していたのではなくて? 王妃の侍女はそう証言しましたよ」
「……っ!」
王妃様には、クレメンスとの逢引きの橋渡しを頼まれればしていた。お茶も準備して、王妃様が頼めば避妊薬も準備した。
「だって……逆らえなかった……」
「あなたを可哀想だと思います……でも、あなたほどの高位の令嬢なら、できることはもっとあったのですよ」
お父様にも王妃様にも逆らえなかった。言われるままに行動して今までやって来た。
「私は……可哀想ですか?」
スカートを握りしめた手が震える。可哀想など言われたことなかった。憐れまれるなど一度もなかったのだ。でも、そのはずだ。私にチヤホヤするのは、私にではなく、王妃様の親戚で、公爵令嬢だったからだ。私自身を敬っていたわけではなかったのだ。
それが、聖女たちのなかに入ってよくわかった。私は、平民の聖女よりも役に立たない。
「もう、王妃があなたを使うことも迎えることもありません。自分で考えなさい」
「……お父様が迎えに来たら?」
「それもありません。王妃失脚で、ウィンシュルト公爵もあなたにかまっている暇はないでしょう」
「じゃあ、ブラッド様が……迎えに……」
自信なさげに言うが、大聖女様ははっきりと切り捨てるように言った。
「来るわけないでしょう? 彼が必要としているのは、リラ様だけです。そして、私たち聖女はリラ様に忠誠を誓うのです」
ブラッド様から大聖女様に引き渡されて、誰も迎えに来なかった。きっと、もう誰も迎えに来ない。
震える声で言うも、ブラッド様は一生迎えに来ないのだ。リラはブラッド様にも必要とされるのに、私は誰からも見捨てられる。
自分で考えて行動するリラが眩しいと思うことはあった。でも、それが王妃様たちの不快のもとで、私は従順じゃないリラをバカにしていた。
泣けてくる。自分で考えることなどしなかった。そういう風に育てられて、おかしいとも思わなかった。そのせいで、聖女の仕事でも、自分で考えて動くことができない。
ウソつきなブラッド様は二度と迎えに来ない。
そうして、私は戴冠式でブラッド様に寄り添うリラたちを見て、王都から離れた。