血に堕ちたライラックはウソにまみれている
第四十四話 前日譚 ブラッド
__前線近くの砦。
「はぁ? リラ・リズウェル伯爵令嬢が来た? 何しに?」
リラ・リズウェル伯爵令嬢は、フィラン殿下の婚約者だった。その彼女は戦場にまで負傷者を迎えに来たと言う。帰りたい聖女たちも連れて帰りたいと言うものだった。
「勘弁してくれ……こんなところに来れば、リラ・リズウェル伯爵令嬢の護衛に騎士を裂かなければならないのに……」
面倒くさい。なぜ、貴族はこうも自分勝手なのだ。
フィラン殿下の婚約者ともあろう令嬢に何かあれば、こちらが罪に問われることになる可能性だってあるのに。
負傷者たちや聖女たちを連れて帰るのは賛成だ。
だけど、ここは前線が近い。ここに負傷者たちや聖女がいれば、捕らえられる可能性が大きい。何の護衛もなく、フィラン殿下の婚約者を返せない。リラ・リズウェル伯爵令嬢だけではない。一緒に連れて帰る負傷者や聖女たち捕らえられれば、どんな目に合うか……でも、陛下たちは受け入れない。
腹立たしいほどに。
すでに、近辺の村は逃がしていた。彼らを逃がすための護衛という名目で、役に立たない騎士や聖女たちも一緒に逃がしているが、それでも数は少ないものだった。
「……もう帰って来なくていい役に立たない騎士でもリラ・リズウェル伯爵令嬢に付けるか? 今精鋭を裂くことは出来ないからな」
「それはちょっと……」
副官のユージンが呆れて言う。
「ブラッド様。それがですね、リラ・リズウェル伯爵令嬢様は自分の身は自分で守ると言いまして……護衛は要らないと仰っています」
「どうやって帰るんだ。こんなところにフィラン殿下の婚約者が来ているなど、戦相手からすれば良い餌そのものだぞ。それとも、腕の立つ騎士をたくさん連れて来ているのか?」
「どちらも違います。一人で来たのですよ……ちなみに、物質も持参です」
「一人で? まさか……」
あのフィラン殿下が認めるか? リラ・リズウェル伯爵令嬢に一目惚れしてすぐに婚約を申し込むほど好いていたはずだった。
……そう思えば、護衛も付けずに一人で迎えに来るなど違和感しかない。王妃も陛下すらも、負傷者たちを王都に引き取ることさえしない。俺たちは命尽きるまでここで戦うしかないのだ。
「……王妃や陛下の命に背いて、独断で来たのか?」
「そんな、まさか……でも、聖女たちを送って来たのは王妃様で……」
ユージンと、まさかと思いながら顔を見合わせる。すると、外から馬の鳴き声がした。窓から外を見下ろせば、リラ・リズウェル伯爵令嬢が馬車に負傷者や聖女たちを乗せていた。
その時、上からの視線に気づいたのか、リラ・リズウェル伯爵令嬢がこちらを見上げた。
不思議な感覚だった。透き通るような紫色の瞳と視線が交わっている。
数秒交わり、言いようもない感覚に陥っていると、おもむろにキョロキョロと辺りを見回した彼女。何をしているのかと思えば、地面に両手をついて魔法を使い始めた。
地面からは、一斉に紫色の花が咲き乱れるように生えてくる。
「あれが、リラ・リズウェル伯爵令嬢の魔法か」
「珍しい植物の魔法を使うとは聞いたことがありますけど……」
そうして、リラ・リズウェル伯爵令嬢がペコリと頭を下げて何台もの馬車を引き連れて去っていった。
あの魔法で護衛も付けずにここまでやって来たのだろう。ずいぶんと勇ましい自信家だ。
「……気にいった」
「は? 何か言いました?」
思わず、ユージンにも聞こえないほどの声音で呟いた。
「あの紫色の花を摘んで来い」
「摘んでどうするんですか? 食べられる花ですか? それとも、お茶に?」
「茶になるなら、茶にするのもいいな。でも、部屋に飾る」
「部屋に!?」
驚いたユージンを置いて踵を返した。
「王都に帰る理由ができた。戦争を終わらせるぞ」
思わず、笑みが零れていた。
戦争後には、王都に帰還してリラ・リズウェル伯爵令嬢に会いに行った。
フィラン殿下は、王妃の親戚の令嬢と優雅にダンス中。そんな中で、夜会に参加していると聞いたリラを探した。それなのに、二度目に会ったのは、彼女が襲われている現場だった。
逃げる男の顔は見えなかった。泣きながら縋るリラを腕に抱きとめて見えたのは、緑に光ったナイフだけ。見覚えはあった。
以前、ジェイド・フェアラートが持っていたモノだった。
そうして、リラと一緒に復讐を始めた。自分がアギレア王国の陛下の隠し子だと言うことも、戦争が終わった本当の理由もすべて話して……。
リラは、一度も俺を否定しない。
クラルヴァイン王国で、誰もが俺の出生を怪しみ、死んでくれと願われた俺の死を望まない。この時々現れる竜のような眼も何もかも受け入れて、愛おしそうに口付けをしてくれた。リラは、どこまでも一緒に堕ちてくれる。
そうして、二人で復讐を始めてクラルヴァイン王国を手に入れた。
「はぁ? リラ・リズウェル伯爵令嬢が来た? 何しに?」
リラ・リズウェル伯爵令嬢は、フィラン殿下の婚約者だった。その彼女は戦場にまで負傷者を迎えに来たと言う。帰りたい聖女たちも連れて帰りたいと言うものだった。
「勘弁してくれ……こんなところに来れば、リラ・リズウェル伯爵令嬢の護衛に騎士を裂かなければならないのに……」
面倒くさい。なぜ、貴族はこうも自分勝手なのだ。
フィラン殿下の婚約者ともあろう令嬢に何かあれば、こちらが罪に問われることになる可能性だってあるのに。
負傷者たちや聖女たちを連れて帰るのは賛成だ。
だけど、ここは前線が近い。ここに負傷者たちや聖女がいれば、捕らえられる可能性が大きい。何の護衛もなく、フィラン殿下の婚約者を返せない。リラ・リズウェル伯爵令嬢だけではない。一緒に連れて帰る負傷者や聖女たち捕らえられれば、どんな目に合うか……でも、陛下たちは受け入れない。
腹立たしいほどに。
すでに、近辺の村は逃がしていた。彼らを逃がすための護衛という名目で、役に立たない騎士や聖女たちも一緒に逃がしているが、それでも数は少ないものだった。
「……もう帰って来なくていい役に立たない騎士でもリラ・リズウェル伯爵令嬢に付けるか? 今精鋭を裂くことは出来ないからな」
「それはちょっと……」
副官のユージンが呆れて言う。
「ブラッド様。それがですね、リラ・リズウェル伯爵令嬢様は自分の身は自分で守ると言いまして……護衛は要らないと仰っています」
「どうやって帰るんだ。こんなところにフィラン殿下の婚約者が来ているなど、戦相手からすれば良い餌そのものだぞ。それとも、腕の立つ騎士をたくさん連れて来ているのか?」
「どちらも違います。一人で来たのですよ……ちなみに、物質も持参です」
「一人で? まさか……」
あのフィラン殿下が認めるか? リラ・リズウェル伯爵令嬢に一目惚れしてすぐに婚約を申し込むほど好いていたはずだった。
……そう思えば、護衛も付けずに一人で迎えに来るなど違和感しかない。王妃も陛下すらも、負傷者たちを王都に引き取ることさえしない。俺たちは命尽きるまでここで戦うしかないのだ。
「……王妃や陛下の命に背いて、独断で来たのか?」
「そんな、まさか……でも、聖女たちを送って来たのは王妃様で……」
ユージンと、まさかと思いながら顔を見合わせる。すると、外から馬の鳴き声がした。窓から外を見下ろせば、リラ・リズウェル伯爵令嬢が馬車に負傷者や聖女たちを乗せていた。
その時、上からの視線に気づいたのか、リラ・リズウェル伯爵令嬢がこちらを見上げた。
不思議な感覚だった。透き通るような紫色の瞳と視線が交わっている。
数秒交わり、言いようもない感覚に陥っていると、おもむろにキョロキョロと辺りを見回した彼女。何をしているのかと思えば、地面に両手をついて魔法を使い始めた。
地面からは、一斉に紫色の花が咲き乱れるように生えてくる。
「あれが、リラ・リズウェル伯爵令嬢の魔法か」
「珍しい植物の魔法を使うとは聞いたことがありますけど……」
そうして、リラ・リズウェル伯爵令嬢がペコリと頭を下げて何台もの馬車を引き連れて去っていった。
あの魔法で護衛も付けずにここまでやって来たのだろう。ずいぶんと勇ましい自信家だ。
「……気にいった」
「は? 何か言いました?」
思わず、ユージンにも聞こえないほどの声音で呟いた。
「あの紫色の花を摘んで来い」
「摘んでどうするんですか? 食べられる花ですか? それとも、お茶に?」
「茶になるなら、茶にするのもいいな。でも、部屋に飾る」
「部屋に!?」
驚いたユージンを置いて踵を返した。
「王都に帰る理由ができた。戦争を終わらせるぞ」
思わず、笑みが零れていた。
戦争後には、王都に帰還してリラ・リズウェル伯爵令嬢に会いに行った。
フィラン殿下は、王妃の親戚の令嬢と優雅にダンス中。そんな中で、夜会に参加していると聞いたリラを探した。それなのに、二度目に会ったのは、彼女が襲われている現場だった。
逃げる男の顔は見えなかった。泣きながら縋るリラを腕に抱きとめて見えたのは、緑に光ったナイフだけ。見覚えはあった。
以前、ジェイド・フェアラートが持っていたモノだった。
そうして、リラと一緒に復讐を始めた。自分がアギレア王国の陛下の隠し子だと言うことも、戦争が終わった本当の理由もすべて話して……。
リラは、一度も俺を否定しない。
クラルヴァイン王国で、誰もが俺の出生を怪しみ、死んでくれと願われた俺の死を望まない。この時々現れる竜のような眼も何もかも受け入れて、愛おしそうに口付けをしてくれた。リラは、どこまでも一緒に堕ちてくれる。
そうして、二人で復讐を始めてクラルヴァイン王国を手に入れた。