血に堕ちたライラックはウソにまみれている
第五話 ブラッド殿下
フィランが殺された。その日から、王妃はずっとリラを恨んでいる。陛下はすぐに犯人を上げろと、先ほども俺に鼻息荒く命令したばかりだ。
だが、犯人は間違いなくリラではない。それは、わかっている。
一ヶ月前、リラは男に襲われた。夜会が煩わしくて下がっていた時に、偶然その場に出くわした。
男は魔法で姿を隠して逃げた。顔はわからなかった。だけど、俺もリラも誰にも襲われたことなど言わなかったのに、いつの間にかリラが男に襲われたと、噂がまことしやかに広がっていた。それは、フィランの耳に入るまで、時間はかからなかった。
それをいいことに、フィランは浮気していたアイリスとの婚約を結ぼうとして、リラとの婚約破棄をした。王妃も陛下も、リラの噂を知っていたために反対することはなかった。
それだけならよかったのに、あろうことか、フィランはリラを愛妾にして後宮に閉じ込めようとしていた。リラの美しさを手放すのが惜しくなったのだろう。
それを知ったフィランの新しい婚約者のアイリスは、リラを恨んでいた。
それなのに、フィランが殺される前には、フィランとの仲もリラの時のような穏やかな様子ではなかった。アイリスは、フィランと上手くいってなかったのだ。そんなアイリスを鬱陶しく思っていたフィラン。そのせいもあるのだろう。リラを手放したくなくなった理由は。
騎士団の執務室に戻れば、部屋には副官のツェルクが待っていた。
「ブラッド様。お疲れ様です」
「遅くなって悪い。陛下の怒りがなかなか収まらなくて……」
「フィラン殿下は、陛下と王妃様の大のお気に入りでしたから……」
「俺は妾の子だからな」
フィランは、陛下と王妃の愛情を一心に受けて育った。俺と違い、隣国アギレア王国との戦争に出すことすらしなかった王子だった。
「甘やかせすぎですよ。騎士団にも、形だけとはいえブラッド様と同じ長として据えるなんて……」
「彼が王太子殿下なのだから、仕方ない。王太子でもない俺だけが軍のトップに立つわけにはいかんからな」
騎士団を率いているのは、実質俺だった。だけど、妾の子が騎士団のトップに立つことを嫌う王妃はフィランも騎士団長に据えた。陛下も同じ考えなのだろう。
王太子殿下であるフィランが、妾の子の俺、ブラッドよりも下に付くわけにはいかないのだ。
だからといって、フィランを前線に送るわけがない。それどころか、彼は戦場にすら出なかった。そして、俺は十年も戦場に出て、騎士団の長にまで上り詰めた。
妾の子とはいえ、殿下である身分のおかげと言われればそうなのかもしれないが、実際はそうではない。死を恐れない死神と何度も言われた。そんな俺の噂が戦場に広まるほどだった。
「戦争が終わったのは、ブラッド様のおかげですのに……誰が前線で戦ったと思っているのですかね」
「少なくとも、俺たちのおかげなどとは思ってもないだろう」
「俺たち、ではなく、ブラッド様のおかげですけどね」
「昔はどうでも良かったのだけどな……それよりも、誰が聞いているかわからん。それくらいにしておけ」
「はい。それと草は放ちました」
「そうか……では、フィラン殿下殺人事件の犯人捜しでもするか」
だが、犯人は間違いなくリラではない。それは、わかっている。
一ヶ月前、リラは男に襲われた。夜会が煩わしくて下がっていた時に、偶然その場に出くわした。
男は魔法で姿を隠して逃げた。顔はわからなかった。だけど、俺もリラも誰にも襲われたことなど言わなかったのに、いつの間にかリラが男に襲われたと、噂がまことしやかに広がっていた。それは、フィランの耳に入るまで、時間はかからなかった。
それをいいことに、フィランは浮気していたアイリスとの婚約を結ぼうとして、リラとの婚約破棄をした。王妃も陛下も、リラの噂を知っていたために反対することはなかった。
それだけならよかったのに、あろうことか、フィランはリラを愛妾にして後宮に閉じ込めようとしていた。リラの美しさを手放すのが惜しくなったのだろう。
それを知ったフィランの新しい婚約者のアイリスは、リラを恨んでいた。
それなのに、フィランが殺される前には、フィランとの仲もリラの時のような穏やかな様子ではなかった。アイリスは、フィランと上手くいってなかったのだ。そんなアイリスを鬱陶しく思っていたフィラン。そのせいもあるのだろう。リラを手放したくなくなった理由は。
騎士団の執務室に戻れば、部屋には副官のツェルクが待っていた。
「ブラッド様。お疲れ様です」
「遅くなって悪い。陛下の怒りがなかなか収まらなくて……」
「フィラン殿下は、陛下と王妃様の大のお気に入りでしたから……」
「俺は妾の子だからな」
フィランは、陛下と王妃の愛情を一心に受けて育った。俺と違い、隣国アギレア王国との戦争に出すことすらしなかった王子だった。
「甘やかせすぎですよ。騎士団にも、形だけとはいえブラッド様と同じ長として据えるなんて……」
「彼が王太子殿下なのだから、仕方ない。王太子でもない俺だけが軍のトップに立つわけにはいかんからな」
騎士団を率いているのは、実質俺だった。だけど、妾の子が騎士団のトップに立つことを嫌う王妃はフィランも騎士団長に据えた。陛下も同じ考えなのだろう。
王太子殿下であるフィランが、妾の子の俺、ブラッドよりも下に付くわけにはいかないのだ。
だからといって、フィランを前線に送るわけがない。それどころか、彼は戦場にすら出なかった。そして、俺は十年も戦場に出て、騎士団の長にまで上り詰めた。
妾の子とはいえ、殿下である身分のおかげと言われればそうなのかもしれないが、実際はそうではない。死を恐れない死神と何度も言われた。そんな俺の噂が戦場に広まるほどだった。
「戦争が終わったのは、ブラッド様のおかげですのに……誰が前線で戦ったと思っているのですかね」
「少なくとも、俺たちのおかげなどとは思ってもないだろう」
「俺たち、ではなく、ブラッド様のおかげですけどね」
「昔はどうでも良かったのだけどな……それよりも、誰が聞いているかわからん。それくらいにしておけ」
「はい。それと草は放ちました」
「そうか……では、フィラン殿下殺人事件の犯人捜しでもするか」