高貴な財閥夫婦の猫かぶりな日常
スカートを握りしめている依鈴の手に、大きな手が重なった。

「え?」

「大丈夫?」
秀一郎が心配そうに瞳を揺らし、見つめていた。

依鈴は微笑み「大丈夫です…!」と言った。

(また、強がってる…)
「………依鈴。
彼、最後何て言ったの?」
依鈴の手を握り、顔を覗き込んだ。

「あ…えーと…
…………父によろしく伝えてほしいと…」

本当のことは、絶対言いたくない。

「そう。
でも、失礼な人だね。
全然、場を弁えてない」

「えぇ…」

咄嗟の依鈴の言葉に、秀一郎も苦笑いをする。
「僕も、学生の頃はよくそんなこと言われてきたよ……(笑)」

「………」
(秀一郎さんもなんだ…)

依鈴もいつも、色んな大人に媚を売られてきた。

“お父様によろしくお伝えください”と。

その度に、吐き気がする程の嫌悪感をあじわってきたのだ。

「依鈴?どうし―――――」

「秀一郎さん!
ごめんなさい、ちょっとお手洗い……」

どうにも我慢ができない。
依鈴は、バッグを持って席を立った。

「依鈴!!」 
まるで逃げるように行ってしまった依鈴を、秀一郎は切なく見つめていた。


「――――…っ…!!ヤバい…理性が保てない……」

トイレの個室に入り、便器の上に座る。
そして、心を落ち着かせていた。

依音に連絡して、グチを聞いてもらおうか………?

どちらにしても、この気持ちを吐き出さないと皮を被れない。

すると、トイレの外から「依鈴ー!!」と秀一郎の呼び声が聞こえてきた。

「え……!?秀一郎さん!?」
慌てて、個室から出る。
そしてトイレを出ると、秀一郎が心配そうに顔を歪めて立っていた。

「依鈴、ほら!おいで?」
両手を広げ、微笑んでいる秀一郎。

「え?」

「ギュッてしようよ!」

「秀一郎さん…/////」

「辛かったね…
お義父様へお膳立てのために利用されて」

「………」
(どうして、秀一郎さんにはわかってしまうの?)
ゆっくり秀一郎に近づき、コツンと顔を埋めた。

「大丈夫だからね!
依鈴が、気を遣う必要ないよ!」

上下に動く秀一郎の温かい手と優しい言葉に依鈴は頷き、しがみついていた。
 
< 25 / 31 >

この作品をシェア

pagetop