謎のイケメンニートが「オレに任せろ」とか言ってくるんですが、大丈夫でしょうか?
「やっぱりお姉さんも心配ですよねえ」
「えぇそうなんです。すみません、開店前のお忙しい時間に」
「えーいいですよー。モモちゃんのことはみんな心配してましたからねー」
言葉を交わしながら、黒服君の後から狭いバックヤードの廊下を進んでいく。
ここは新宿にあるキャバクラ“摩天楼”。
藍はこのお店で“モモ”という源氏名を使って働いてたみたい。
黒沼はちゃんと約束を守ってくれたようで、あたしはこれから藍の元同僚である他のキャストさんたちに会わせてもらえるらしい。
「さ、こちらです」
黒服君はとあるドアの前で立ち止まり、軽くノックをしてから「すみません、失礼しまーす」と入って行く。
事前に聞いたところによると、そこはバックルームと呼ばれる待機場所。ここでキャストの女性はメイクを直したりしつつ、お客さんの指名を待つんだって。
「えー誰? 体験入店?」
「今日、そんな予定入ってた?」
「聞いてないけど?」
あたしが黒服君の後ろから顔を覗かせると、控室といった感じの10畳ほどの室内で寛いでいた、5人の女性の視線が集中した。
う。キラキラしてるっ……
ドレスもメイクも完璧に仕上げた彼女たちは、一般人が太刀打ちできない美しさで光り輝いていて、同性から見ても眩しいくらい。
ま、まぁプロだしね。
そりゃ適うわけないわよ。
オフィスカジュアルな自分のパンツスタイルをチラ見して自分へ言い聞かせると、室内へ足を踏み入れた。
「初めまして。相馬翠と申します。お仕事中に突然お邪魔してすみません」
緊張を隠しながら挨拶すると、一番近くのドレッサー前に座っていた一人が「あっ、モモのお姉さんだ!」と振り返った。
「妹をご存知なんですか?」
「うん。写真見せてもらったー。バリキャリで、自慢のお姉ちゃんだって」
ば、バリキャリ……あの子、意味わかってんのかしら。
「もしかして、モモちゃん探してるんですかー?」
「あぁそっか、いなくなっちゃったから?」
「いきなり来なくなって、私たちもびっくりしたよね」
「たまに飛ぶコはいるけど、モモちゃんはそんな感じしなかったしー」
ソファに座った3人が意外にも気さくに声をかけて話の糸口を作ってくれ、あたしはこれ幸いと前のめりに頷いた。
「実はこちらで働いてたこと、あたしは全然知らなかったんです。お金が必要だったらしいんですけど、その理由がわからなくて。何か皆さんがご存知のことがあれば、教えていただけないかと……」
「うーん、お金が必要っていうのは、うちらみんな同じだから。あまり突っ込んで話したりはしないよね」
「そうだねー。あ、けどほら、あの子オタクだったじゃない? 缶バッジとかぬいぐるみとか、ジャラジャラかばんにつけてて。そういう関係に使ったんじゃないですか?」
「あぁ確かに。推しの声優がいたよね。イベントのためにわざわざ地方にも行ってたし」
この前藍の職場に行った時と同じだ。
藍と言えばアニメ。
それ以外には何もないのか、ってくらい他の話が出てこないのよね。。
「ちなみに、推しの声優って誰かご存知ですか?」
「あー……なんだっけな。聞いたんだけど、忘れちゃった。ごめんなさい」
「いえいえ、大丈夫です」