謎のイケメンニートが「オレに任せろ」とか言ってくるんですが、大丈夫でしょうか?

ふいに耳に届いたのは、笑い交じりの爽やかなテノール。
黒沼の声じゃないと気づくのと、黒沼があたしから離れるのはほぼ同時だった。

その拍子に、巨体で遮られていた視界が開け――あたしはドキッと息を呑んだ。
そこにスラリとした長身の男性が立っていることに気づいたからだ。

年は、あたしと同じ……アラサーくらい?

アッシュブラウンに染めてパーマで動きを出した髪も、黒のカットソーにグレーのカーゴパンツ、スニーカーというファッションも。
全身が、渋谷辺りでよく見かけそうな、ゆるっとしたカジュアルスタイルなのに。
こんな煌びやかな高級クラブでも浮いて見えないのは、ひたすら透明感のあるこの美貌のせいだろう。

モデルみたいなスベスベの小顔に、くっきり二重の華のある眼差し、ミステリアスに弧を描く艶やかな唇、すべてのパーツがパリコレモデル級に整っている。

思わず自分の置かれた状況を一瞬忘れて見惚れていると……

「キョウさ~ん!」

甘えた声とともに、彼の背後から2人のドレスアップした夜の蝶が現れた。お店の女の子だ。

「ここはちょっと……他のお客さんの邪魔しちゃダメですよぉ」
「そうですよ。あっちに戻りましょう」

濃いメイク顔が若干引きつっているように見えるのは、黒沼(オーナー)に気を使ってるためだろう。
2人は両側からイケメンの両腕を掴み、露わな胸元を押し付けて連れて行こうとする。が、あっさり振り払われてしまう。

「ごめんな、こっちの方が面白そうだから。君たちは行っていいよ」

慣れた仕草で彼女たちの背中から腰をするりと撫で、優しく、でもきっぱりと押しやる。そして勝手にあたしたちの向かい側へ腰を下ろしてしまった。

「お客さん、ここはVIPルームでね。選ばれたごく少数のゲストしか――」

「知ってる。オレだって、今まで隣で飲んでたんだから。そしたら、会話が聞こえてきちゃってさ」

黒沼の苦言も舌打ちも華麗にスルー。
ソファへ背を預けた彼は、ゆったりとその長い足を組んで、意味深な視線をこちらへ寄越した。

洗練された一連の動作は優雅の一言で、またしても目を奪われてしまったあたしは、続く彼の言葉を聞き逃しそうになった。

「三千万。用意できれば、彼女は解放される。そういう話でよかった?」

……え?

「あぁ? だったらなんだっていうのかな。あんたには関係ないだろう」

若造が、と最後に吐き捨てるように小声で付け加える。
VIPルームを使える客、ということで一応配慮してるんだろう。

黒沼が態度を決めかねているところを見ると、面識はないみたい。
一体このイケメン、何者なの?


「――助けてほしい?」

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