謎のイケメンニートが「オレに任せろ」とか言ってくるんですが、大丈夫でしょうか?
「田所はJR? 地下鉄?」
「おれはJRだなー相馬は?」
「あたしはねー……」
会社の人に会うのを避けたのか、それとも元球児くんの行きやすい場所だったのか。
今夜の会場は会社からも自宅からも距離のある、普段あまり使わないエリアだったため、帰りの経路を束の間考えて――ふと気づく。
ここ、キョウのマンションの最寄り駅だ。
そして、もし彼とすれ違ったりしたらどうしようって、自動的に考えてしまう自分が嫌になる。
そもそも、あのセレブが電車なんて使うはずない。
花火大会の時だって、「数年ぶりに電車乗った」とか言ってたじゃない。
「相馬?」
「え、あ、うんっあたしもJR」
「じゃ、こっちだな」
田所の後ろに続き、人の波を押し分けるように改札を目指していく。
うんざりするくらいの蒸し暑さに耐えながら、――……
その時、急に動悸が激しくなった。
視界の隅を、見慣れたピンク色が掠めたからだ。
あの色、髪型、長さ……。
後ろ姿がすごく似てる……あれは……っ!
「藍っ!」
反射的に声を上げるが、全く声は届かない。
それどころか、向かう方向が違うんだろう、人込みに紛れてどんどん遠ざかってしまう。
「藍っ、待って!!」
「おい、相馬!?」
後ろで田所の声が聞こえたけど、ごめん、今はそれどころじゃない。
見失わないよう、一生懸命追いかけて追いかけて――
「……え?」
唐突に。
周囲のざわめきも自分の鼓動も、すべての音がスッと意識の外へ遠のいた気がした。
音だけじゃない。
空気すら、分子レベルですべてが凍り付いた、気がした。
藍は一人じゃなかったのだ。
隣を歩く背の高い男の腕を、親し気に掴んでいる。
あのシルエット……似てない?
「キョウ……?」
背中を、冷たい汗が滑り落ちた。