謎のイケメンニートが「オレに任せろ」とか言ってくるんですが、大丈夫でしょうか?
彼によれば、藍は今Y県にいるらしい。
地名を聞いて思い出した。そこって確か、昔推しキャラが殺された時に彼女が籠った山寺があるところよね。
「そう、まさにその山寺で今修業中だ」
「修業?」
「『禊を済ませないとお姉ちゃんに合わせる顔がない』ってさ」
「禊って……ふふ、バカね」
肩を揺らして小さく笑うあたしを、意外そうな視線が二度見する。
「え、何?」
「いや……割と落ち着いてるんだなと思って。もっと取り乱すかと思った」
「あー……」
そういえばそうか、と気の抜けた返事をして、確かに、と頷く。
妹と恋人が浮気してたんだもんね。
ベタなドラマが1クールできちゃいそうな設定だ。
「どっちが誘ったにせよ、藍と優が、っていうのはショックよ、もちろん。けど、もう優とは終わってるし、結局あたしの男を見る目がなかった、ってことだから」
自嘲気味に肩をすくめれば、「もっと怒れよ」ってキョウの方が不満そう。
自分事として真剣に考えてくれる彼に軽く口角を上げて応えたあたしは、無言のまま助手席のシートへ体重を預けた。
これは内緒だけど、あたしが冷静に見えるとすれば、それは彼のおかげだ。
だって“優と藍が付き合ってた”っていう事実より、“キョウと藍が付き合ってなかった”、“キョウは嘘をついてなかった”っていう事実の方に、あたしの意識は向かっていて。
ゲンキンにも、嬉しいと思ってしまう気持ちを止められないんだもの。
……バカだなぁ。
彼が藍を助けてくれたのは、ただあたしとの約束を守ってくれたということに過ぎない。
彼はあの霧島建設の御曹司で、婚約者だっているかもしれない人。
そしてあたしは……セフレの一人にすぎないんだから。
――オレさ、モテるんだ。ものすごく。
――うちは、いろんな女の子が出入りするから、鉢合わせしちゃったら翠も気まずいだろ?
頭の中でリフレインした無情な台詞。
ズキッと走る胸の痛みに気づかないふりして、あたしは静かに目を閉じた。