謎のイケメンニートが「オレに任せろ」とか言ってくるんですが、大丈夫でしょうか?
オレはくすぐったいような照れ臭いような気持ちを抑えて、彼女たちの会話を盗み聞く。
どうやらあの女性は、次のボーナスを使って自分へのご褒美としてネックレスを買ってくれるつもりらしい。
間違いなくあの白い肌にはよく映えるだろうな、と想像を膨らませたオレはこっそり口角を上げる。
その時だった。
「遅れてごめん」とスーツ姿の男がやってきた。
「何の話してたの?」
特に断るでもなく彼女の向かい側へドスンと腰を下ろした様子から、2人が親しい間柄らしいと伝わって来る。
なんとなくおもしろくない気持ちを持て余していると、店員の女の子が「そうだ!」と突然手を叩いた。
「彼氏さんにおねだりしちゃったらどうですか? あのネックレス!」
「ネックレス?」
首を傾げる男に、店員が雑誌を見せる。
「ほら、トワズのこの新作、恋人が欲しがってますよー」
「え、いやあの、大丈夫っこれはあたしが自分でっ――」
焦って伸ばした彼女の手を避けて雑誌を受け取った男は、「ふぅん、こんなのが好きなのか」と肩をすくめる。
「いいよ、買ってやる。来月の誕プレ、これでいいよな」
「うわぁ、よかったですね優しい彼氏さんで! 羨ましいなぁ」
「あ、……うん。ありがとう、すごく嬉しい」
我慢できずに顔を上げて確認した彼女の笑顔は、言葉とは裏腹に、ぎこちなかった。
頑張った自分へのご褒美だと言っていた。
自分の金で買いたかったんだろう。
オレが考えたアイテムを、そこまで気に入って大切に思ってくれる女性がいる。そのことは、オレをかつてないほど高揚させた。
彼女の顔を、もう一度じっくり見つめたいと思う気持ちを、必死に押し殺さねばならないほど。
それからオレは、その店に通うようになった。
店内にオレが好きな写真集やアートブックがたくさん置かれていて、暇つぶしにちょうどよかったから――というのは建前で。
本当は、あわよくば彼女にもう一度会えないか、という下心があったからだ。
店員とも知り合いのようだったし、あの店の常連なんじゃないか、と考えたオレのカンは当たっていて。
実際、たびたびそこで彼女(と、たまに彼氏)を見かけるようになる。
あの男は本当にあの後ネックレスをプレゼントしたらしく、律儀にそれを毎回身につける彼女を見るのは、ちょっと複雑な気持ちがしたが。
それでも彼女の手が愛しそうにチェーンに伸びるたび気分はアガり、まるで自分が触れられたかのように鼓動が高鳴った。
後から思えば、とっくに彼女に落ちていたということだろう。
ただ、当時のオレにそんな意識はなかった。
好みの美人だから見惚れてしまう、気になってしまう。
推しを愛でるような感覚で、それは当然のことだと思っていたから。