謎のイケメンニートが「オレに任せろ」とか言ってくるんですが、大丈夫でしょうか?
翠から唐突にモデル依頼の連絡が来たのは、7月初めのことだった。
トワズというジュエリーブランドを知っているか聞かれて、トワズの経営に自分が関わっていることを翠にはまだ言ってなかったな、と思い出す。
しかも、新作アイテムと言えば、メインのデザイナーはオレだ。
一瞬迷ったが、秘密のままでいくことにした。
クズニートのイメージが崩れれば、彼女が戸惑うだろうと思ったから。
おそらく篤史が立ち会うのだろうと考え、事前に【モデルの代役を引き受けるが、初対面のフリをするように】とメッセージを送っておく。
【へぇ、僕たちが散々頼んでも引き受けてくれなかったくせに、どんな心境の変化?】とかなんとか、揶揄う様な返事はまるっと無視して、オレはスタジオへ向かった。
「はい、キョウくん視線こっちくれる? いいねいいね、そう、そう!」
パシャッパシャパシャ……
ストロボが瞬く合間に、ポーズを様々に変えながらカメラを見つめる。
特に緊張したりすることはなかったし、周囲にも気づかれはしなかったが、オレのテンションは密かにダダ下がりだった。
「キョウさん、めちゃくちゃ落ち着いてますねー私の初めての撮影とは大違い!」
「そうかな。マイちゃんが上手くリードしてくれるから、助かってるだけだよ」
視線を感じて顔を上げると、翠がいて――そこへ向かっていく篤史が見えた。
おい、止めろ、彼女に近づくなっ!
オレの心の叫びなど当然届くわけもなく、2人は顔を寄せ合って打ち合わせに入ってしまう。
仕事だとわかってる。
わかっているのに……近すぎる距離に苛立ちが止まらない。
――トワズの広報、中里さんっていうんだけどね。
――すごく優しくて気さくな人なの。緊張しなくていいから。それに結構イケメンでね。
撮影前、ウキウキと語っていた彼女が脳裏へ浮かぶ。
あの時は思わずカッとしてキスしてしまったが、あの程度で気持ちが収まるはずはなかった。
今すぐ彼女の手を掴んで、ここから連れ出したい。
叶うわけもない願望に、胸が焦げるような心地がする。
結局オレにできたのは、ただ恨めしくツーショットを眺めることだけだった。
篤史は、実はオレと似たり寄ったりの遊び人なのだが、見た目だけならエリートビジネスマンそのものだからな。
将来を見越して付き合うなら、おそらく大半の女性がああいう男を選ぶんだろう。
翠だって、金というしがらみさえなければ、オレなんかより篤史の方が――……
嫌な予感は、撮影後彼女から立て続けにデートを断られたことで、ますます膨らんでいく。