謎のイケメンニートが「オレに任せろ」とか言ってくるんですが、大丈夫でしょうか?
馴染みのある爽やかなシトラス系の香りがふわりと鼻腔に届いた時にはもう、背後から包み込むように抱きしめられていた。
「き、キョウッ?」
「よかったなー、会えて。運がいいよ、オレたち」
何時間も待たせたのに。
そんなことは微塵も感じさせない、普段通りの口調のキョウ。
人込みから自分を見つけてくれたこと、2週間ぶりに会えたこと、もろもろの事情と相まって、驚きで一瞬止まりかけた心臓が、あっという間にトップスピードに到達する。
「ご、ごめん、なさい。こんなに遅くまで待たせちゃって」
「いや別に? オレニートだから。時間だけはたっぷりあるの、知ってるだろ?」
「あはは……そ、そっか」
上ずった声と加速する鼓動。
まだ真夏じゃないとはいえ、かなり走ったから汗かいちゃったし。
できればあまり近づかないでほしい……とぎこちない笑みのまま固まっていたら。
「きゃっあれ何!? ドラマの撮影!?」
「カメラないけど?」
「でもでもめっちゃカッコいいよ、あの人!」
「なんかすっごい素敵な雰囲気の2ショット!」
うわ、なんかあたしたち、注目されてない?
絶対キョウのせいだ。
「え、えと、キョウ、ちょっと離れて? なんか、めちゃくちゃ見られてる」
「んー? あぁ、ほんとだ。じゃあ……キスとかしとく?」
「はっ? ししししないわよっ」
何が“じゃあ”よ!
大慌てで離れようとするあたしを腕の中でくるりと回転させ、キョウはニヤリと意地悪な笑みを作って覗き込んでくる。
「し、しないからねっキスなんて!」
ぐぐぐ、と顔を引くものの、両頬を押さえられてそれ以上動かせない。
そこでドキッと気づいた。
周囲より、キョウに至近距離で見つめられる恥ずかしさに。
ゆったりした黒のサマーニットにシルバーチェーンを合わせ、クールカジュアルとでも言うべき完璧な装いの彼に対して、あたしの方は締め切り前の定番スタイル――カットソーとジーンズ――、しかも上から下までヨレヨレだ。