謎のイケメンニートが「オレに任せろ」とか言ってくるんですが、大丈夫でしょうか?
それから1週間後。
「なぁなぁ相馬、沢木、これから焼肉行かねぇ? 欠乏しまくってる栄養素を補給しよーぜー! ウェブの連中にも声かけるし」
向かい側のデスクから身を乗り出してきたのは、奈央と同じ編集兼ライターの田所亮介だ。
校了後の解放感のせいだろう。ワンコみたいにキラッキラした目でにんまりされて、さすがコミュ力お化けだと笑ってしまいながら、あたしは「ごめん」と首を振った。
「ちょっと今日は用事があるんだ」
「えーちぇーまじかよー」
不満げな田所に、奈央が「コラコラ」と口を挟む。
「察しなさいよ田所。翠はリア充なんだよ。校了過ぎたら彼氏とデートに決まってるでしょう」
「いやいや、あたしがリア充なら奈央だって――」
「うぉっとそっか! 空気読めなくてすまん」
本気で謝られてしまい、急いで「違うの、デートじゃないから!」と否定した。
「そうじゃなくて、ちょっと妹のとこ行かなくちゃいけなくて」
「妹さん?」
「相馬って妹いたんだ。へぇえ可愛い??」
興味津々って鼻息が荒くなる田所。
おいおい、ロックオンしないでよー?
「可愛いに決まってるじゃん、あたしの妹だよー、なんてね。まぁ、でもまだ21だから、30歳は対象外じゃないかなぁ」
釘をさすなりガクッと項垂れる男を、奈央がよしよしと慰める。
「随分年が離れてるのね、妹さんと」
「そうなの。だから、姉っていうより“おかん2号”みたいな感じになっちゃって。構われるのが嫌なんだろうね、就職して上京するってなった時もさっさと一人暮らしの部屋決めちゃってさ」
新生活に慣れるまでうちで同居してもいいと思ってたのに、と話しながらフロアのハンガーラックからベージュのレザージャケットを取り、腕を通す。
「実は昨日ね、妹が働いてるアパレルショップの店長からあの子が無断欠勤してるって連絡が来たのよ」
「えぇっ? 無断欠勤?」
「そりゃ心配だな」
顔を見合わせる2人を横目に、デスクの引き出しからカバンを取り出す。
うちには更衣室がないので、みんなこんな感じで私物を収納しているのだ。
「まぁいろいろ前科あるコだし、フラれて寝込んでる説あたりが一番ありそうだけど。あたしの電話にも出ないしさ。ちょっと様子見てこようと思って」
「そっか、そりゃ早く行った方がいいな」
「引き留めちゃってごめんね」
「んーん、気にしないで。焼肉、楽しんできてね。じゃ、お疲れー」
2人に笑顔で手を振ったあたしは、焼肉いいなぁ、くっそぅ食べたいなぁ、藍に奢らせてやろうかしら、なんて。
その時はまだ、気楽に考えつつフロアを後にしたのだった。