嫌われ妻は、イヤミな騎士の夫を屈服させたい。どんな手を使ってでも!





「まったく、頭にくるわ! あのイヤミ男……!」

 クロエは形の良い眉をきりりと吊り上げると、手元にあった紅茶のカップをくっと煽った。
 クロエはまだ、このナサニエル伯爵家に嫁いできて三ヶ月の新妻である。本来ならば婚家の生活にもそろそろ慣れる時期なのだが、彼女は毎日頭を沸騰させていた。奥歯をぎりりと噛み締める。その怒りに満ちた顔は赤い。

「許すまじ、ヴェイルート……!」

 怒りの原因は彼女の夫、ヴェイルートにあった。クロエの脳裏には、ヴェイルートから吐かれたイヤミの言葉がいくつも浮かび上がる。思い出すたびに、クロエは心の中で舌打ちした。実際に舌打ちはしない。彼女は一応、伯爵家出身の令嬢だからだ。品のないことはしない。

 ヴェイルートは現在、この屋敷から単騎で三十分のところにある王城で近衛騎士をしている。世間様からの評判は上々で、クロエも彼の良い評判を聞き、政略結婚ではあったもののこの婚姻を楽しみにしていたのだが……フタを開けてみれば、ヴェイルートはクロエにイヤミばかり吐く嫌なやつだったのだ。

 そもそも初対面の時から最悪だった。 
 結婚のため、馬車で遠路はるばるやってきたクロエに、ヴェイルートはこう言い放ったのである。

『何ですかそのドレス。センスのない。そんな流行だけを追ったもの、貴女には似合いませんよ』

 お気に入りの一張羅(ドレス)を悪く言われたクロエはムカッとした。快活なクロエは流行に敏感で、令嬢たちの間でもファッション・リーダーとして名高かった。それを出会い頭にヴェイルートにバカにされたクロエは言い返したくなる己を何とか堪えた。これは家のための結婚。イヤミを言われたぐらいで怒っていては婚約破棄されてしまうかもしれない。クロエの家よりも、ヴェイルートの家の方が同じ伯爵家でも格式が高かったのだ。

 そんな我慢の上にした結婚だったが、クロエは後悔している。処女はとうぜん、夫になったヴェイルートへ捧げたが、初夜から三ヶ月、あれから一度も彼と閨を共にしていないのだ。

 初夜の日に何か自分に不備があったのか。クロエは考えるも答えは出ない。なぜならクロエは典型的な淑女教育しか受けていない。『閨のことは夫に任せろ』と教本には書いてあったし、家庭教師や侍女もその通りだと言っていた。しかし、夫のヴェイルートに初夜を任せた結果、三ヶ月もお渡りがないのだ。
 ヴェイルートはまだ家は継いでいないが、歴としたナサニエル家の嫡子である。閨を共にしていないということは、後継ぎが出来ないということだ。それは非常に困る。いつまでも子どもが出来ないと離縁されてしまうかもしれない。

 クロエはヴェイルートのことを腹の立つイヤミ男だと思っているが、見た目は好きだったので、彼そっくりの子が出来たら良いなとひそかに願っている。不仲な両親の元に生まれてくる子が不憫だと思わなくもないが、政略結婚率が極めて高い貴族は仮面夫婦率も高い。クロエは自分が我が子に愛情をたっぷり注げば問題ないと思っている。実際、クロエの両親は不仲だったが、子に対しては愛情深い両親だった。彼女はいつも両親への感謝を忘れない。

 (ヴェイルートそっくりの、金髪紫目の子がどうしても欲しい……)

 クロエはぐぬぬと唸る。ヴェイルートは顔立ちはもちろんこと、すらりと背が高く、スタイルも良かった。白馬に跨った姿は非常に絵になる男だ。あの美しい男の子どもが欲しい。きっと天使のように可愛らしい子が生まれるだろう。

 クロエとて、ただ指を噛んでおとなしく夫の夜の来訪を待っていたわけではない。今流行りのセクシーな夜着を身にまとい、ヴェイルートのベッドへ潜り込んだこともある。結果は見事な惨敗だった。眉をこれでもかと吊り上げたヴェイルートに『そんな淫らで卑猥な格好をして! 恥を知りなさい!』と罵られた。……閨で淫らで卑猥な格好をしなければ、一体いつしろと言うのか。

 若夫婦の寝室を巡る争いは、同じ敷地内に暮らすヴェイルートの両親の耳にも入った。ヴェイルートの両親はまだ四十代後半で健康だった。だからこそヴェイルートが宮仕えを続けられているのだが。
 夫の両親は当然、ヤる気満々のクロエの味方である。彼らとて、早く孫の顔が見たいのだ。
 しかし、両親がいくらヴェイルートを説得しても、彼は妻を抱かない。

 (万策はまだ尽きてはいないはず。必ずや閨でヴェイルートを屈服させたい。どのような手を使ってでも……!)

 クロエが痛む額を片手で押さえたその時、厩から馬の嘶きが聞こえた。
 ヴェイルートが城から戻ってきたのかもしれない。クロエは腰を上げた。夫の出迎えは妻の勤めだからだ。


 ◆


 クロエの読みは当たり、玄関口にはヴェイルートがいた。肩を覆う外套を颯爽と翻し、大理石の床をブーツの底でカツコツ鳴らしながらやってくる彼は物語に出てくる騎士のように麗しいが、クロエの姿を目に止めると、その秀麗な顔は一気に険しいものになる。

「出迎えは不要だといつも言っていますよね? まったく、貴女は私がやれと言ったことは頑なにやらないのに、余計なことはするのですから本当にタチが悪い」

 並の令嬢ならば泣き出してしまうような棘のある言葉を、ヴェイルートは新妻へ吐く。しかし、クロエは屁とも思わない。

「出迎えは妻の勤めにございます」

 背を真っ直ぐ伸ばし、クロエはヴェイルートへ毅然と言い返す。近衛騎士のヴェイルートは屋敷を留守にしていることが多く、意識的に顔を合わさないと挨拶のひとつも交わさせないまま、数日が経ってしまう。
 毅然としたクロエにヴェイルートの眉間の皺がますます深くなる。

「今朝よりも顔が赤くなっているじゃないですか。風邪が私に感染ると困るから、養生しろと言いましたよね? 何故そんな薄着をしているんですか。はやく厚手の夜着に着替えてください」
夕食(ディナー)が終わりましたら休むつもりです」
「今日の母上の茶会はきちんと断ったのでしょうね?」
「咳が出ているわけではありませんので、お母様主催のお茶会には出席させて頂きましたわ」
「なっ……⁉︎ 君はバカか!」
「私の不調は季節性のものです。他人には感染りません」

 バカと言われたクロエはこめかみの血管が浮きそうになったが、なんとか堪えた。この夫は近衛騎士の割に口が非常に悪い。

「先月も君は高熱を出して倒れたのに……!」

 そして少し前にやらかした失態を何度も持ち出す。
 本当に嫌な男だと、クロエはフンと鼻から息を吐き出す。

「少しはご自身の軟弱さを自覚したらどうですか? さあ、寝室へ行きますよ」
「軟弱? ヴェイルートに比べれば、万人がひ弱でしょうね」

 ヴェイルートが言っていることは本当だった。クロエは生まれつき身体があまり丈夫ではない。しかし、気丈な彼女は弱った姿を周囲になるべく見せないように生きてきた。すぐに体調を崩す女だと知られたら、結婚出来なくなると思ったからだ。

「まったく口が減りませんね」
「口から先に生まれてきたと、実家の母からも言われまし……きゃあっ⁉︎」

 突如クロエの身体が宙に浮く。膝下に腕を入れられ、全身を横抱きに持ち上げられた彼女は慌てた。

「暴れないでください。落ちますよ」
「離してください……!」
「寝室に着いたら下ろします」

 ヴェイルートの声は不機嫌だが、クロエを抱えたその腕には力が込められる。彼は彼女の身体を落とさないよう、胸に抱き込んだ。
 こうなるとクロエは抵抗出来ない。一見貴公子然としたヴェイルートも、屈強な騎士だからだ。戦の訓練など受けたこともない彼女が抵抗出来るはずもない。
 すぐにクロエは腕の力を抜く。近くにあるヴェイルートの顔を見ないように視線をそらす。
 撫然としたクロエに、ヴェイルートはため息をついた。


 ◆


「これ、飲んでください」

 顔と手の先足の先だけが露出するような、分厚い夜着を着せられたクロエはベッドの中にいた。侍女の手によって髪は下ろされ、化粧も落とされている。
 ベッドに座るクロエに、ヴェイルートは湯で割った茶色の液体が入るカップを差し出す。
 クロエは一月前にも、この液体を飲んだことがある。彼女の顔が一気に怪訝なものになった。たちのぼる湯気からは薬湯独特の匂いがする。

 (これ、すっごくマズいのよね……)

 舌が痺れるような強烈なマズさを思い出すと、クロエは肩を震わせた。ぜったいに飲みたくない。飲みたくないがヴェイルートがすごい目で睨んでくる。

 ヴェイルートは近衛騎士団の衛生部隊に所属する。日々兵の看護に当たっている彼は薬の知識がある。合格倍率三十倍の国家資格である薬師免状を持つのは純粋にすごいとクロエは思うが、だからといって少し体調を崩したぐらいで薬湯を処方しないでほしい。

「ヴェイルート、私の風邪は寝ていれば治るものです。わざわざ薬を処方して頂かなくても……」
「苦い薬を飲むのが嫌なのですか? いい歳して子どものようですね」
「うっ……」

 図星だった。クロエは薬が苦手だった。

「の、飲みます……」

 恐る恐るカップに口をつけ、傾ける。

「ううっ、苦い……」

 相変わらず痺れるような苦さだ。何とか飲み干したクロエは、ヴェイルートへカップを渡す。

「胃腸も弱っているでしょうから、今夜はこのまま眠ったほうがいいでしょう。お腹、空いてますか?」
「まったく……」
「でしょうね。今朝の貴女はシェフが不憫になるほど食が進んでなさそうでしたから」
「…………」

 食が進まなかったのは目の前に嫌な男の顔があったからだと、クロエは布団の中からヴェイルートを睨む。薬を用意してくれたり、ベッドまで運んでくれたり、行動を鑑みれば彼はかなり良い人なのだが、いかんせん、整った口元から出るのはイヤミな言葉ばかり。
 今もヴェイルートは袖を捲り、氷水に浸した布を絞っている。熱を出しているクロエのために、額を冷やそうとしているのだ。
 いっそのこと何もせず、イヤミなことばかり言い続けてくれれば嫌いになれるのに、言葉とは裏腹にヴェイルートはとてもかいがいしい。彼は行動とは反対のことを言ってしまう奇病にでも罹っているのではないか。憎もうにも憎みきれない。
 黙ってクロエの額に絞った布を乗せるヴェイルートは「心配だ」と言わんばかりの顔をしている。

 クロエは切実に思う。ヴェイルートに、自分へイヤミを言うのをやめさせたいと。
 

 ◆


「やはりヴェイルートの弱みを掴むべきですわ、クロエ」

 翌日、ヴェイルートの母──義母がクロエの元へ見舞いに来た。義母はしゅるしゅると見事な手つきでリンゴの皮を剥いていく。
 義母はヴェイルートと同じ毛色をした、美しい貴婦人だ。

「弱み……!」

 ベッドの中で、クロエは唾をごくりと飲み込む。

「嫁に来た者はどうしても、立場が弱くなりがちです。あの子が貴女へキツいことを言うのも、貴女のことをみくびっているのよ。……ああ、なんて幼稚な男に育ってしまったのかしら! 我が息子ながら恥ずかしいわ」

 義母はクロエがこの家に来た初日から、クロエの味方だった。義母もこの家に嫁に来た頃はそれはそれは大変だったという。

「きっと主人に似てしまったのね」

 義母はクロエに剥いたリンゴを差し出しながら、チッと舌打ちする。クロエは皿に乗せられた薄黄色を一切れ取りながら義母へ問う。

「お父様にですか?」
「うちの主人も今でこそ、わたくし第一ですけど、新婚当時はまだ以前から付き合っていた恋人と関係が切れてなかったのです。それはそれは主人にきつく当たられましたよ。『お前さえいなければ、恋人と結婚出来たのに』と罵られました」

 貴族の女は政略結婚を涙を呑んで受け入れる者が多いが、男側は反発する者も少なくない。不安を抱えてやってきた花嫁を男が邪険にする話はそこかしこにある。現実は物語のように甘くはないのだ。
 あの優しい義父が昔不倫をしていたと聞き、クロエは驚く。そして義母にきつく当たっていたと知り、信じられないと思った。クロエから見ても義理両親は理想的な仲良し夫婦だからだ。

「信じられません……。あっ、もしかしてヴェイルートが私にイヤミを言うのも実は恋人がいるからで」
「それは絶対ないわ」
「ぜっ、ぜったいない……?」
「あの子は剣術と医術の鬼だもの。貴女と結婚する前は王城から戻るとずっと屋敷内の訓練場か蔵書庫に引きこもりっぱなしだったわ」
「はあ……」

 なんとなく想像がつく。しかし、ヴェイルートは口はともかく容姿は良い。義母が知らないうちに想い人を作っている可能性はゼロではないだろう。
 クロエは話題を戻すことにした。

「お父様と、どうやって仲良くなったのですか?」

 義父はおそらく無理やり恋人と引き離されたのだろう。通常ならば、仲良くなるのは至難の技だ。本音を言えば、クロエはヴェイルートと仲良くなりたいと思っている。顔を合わせればイヤミを言い合う関係をなんとか終わらせたい。
 義理両親のなれそめが参考になるかもしれないと、クロエは胸の前で手を重ねた。

「前にも言ったと思いますが、夫を閨で屈服させたのです。男は皆、無駄にプライドが高いですから、性行為で主導権を握るだけでも充分弱みを握れますわ」

 クロエがヴェイルートにイヤミを言われてブチギレるたびに「屈服させる」と心の中で決意しているのは、義母の影響からだ。

「男は所詮、下半身で物事を考えますから。性的に満足させてくれる相手には優しくなります」

 義母はそう言うが、言うは易しである。クロエがいくらスケスケの夜着を着てヴェイルートのベッドへ潜り込もうとしても追い払われてしまい、行為まで至らないのだ。
 女から男を襲う方法については義母から聞いてはいるが、実践しようにもヴェイルートはおとなしくヤられてはくれない。

「ヴェイルートの男根を口にしたくとも、ズボンを下げることすら私には難しいです……!」

 クロエは悔しげにクッと拳を握る。
 義母から貰った『今日から貴女も一流娼婦』『ゼロから始める女王様』『女王様入門』『誰でも出来る雌イキ調教』『パートナーを性奴隷にするヒケツ』という本をクロエは読み込んで日夜練習しているが、その練習成果を披露する機会はなかなかやってこない。
 いっそ肉体的に屈強になればヴェイルートを無理やり押し倒すことも可能なのではとクロエは思ったが、彼女はちょっとした寒暖差で風邪をひいてしまうぐらい身体が弱い。己のひ弱さが恨めしかった。

「私も、夫を手篭めにするのは大変でした……。何せ夫も元近衛騎士でしたからね」
「それをどうやって押し倒したのですか?」
「これです……」

 義母が懐から取り出したもの、それは青色をした手のひらサイズの小瓶。青色の瓶は取り扱いに特に注意する薬品の証だと、ヴェイルートが言っていたのをクロエは思い出す。

「それは取り扱い注意の薬品じゃ」
「ええ、強力な入眠剤です。これを飲んだ人間はそう簡単には起きません。これを息子へ飲ませ、あの子が眠っている間に本懐を遂げるのです、クロエ」
「いえ、本懐はすでに遂げているのですけど」

 そう、初夜そのものはつつがなく行われた。破瓜の痛みは相当なものだと聞いていたクロエは内心怖かったのだが、実際の痛みは耐えられないほどでもなく、行為自体は、体力的には毎晩するのはキツいと思ったが、たまにするのなら全然出来ると思っていたのだ。
 しかし初夜の日以降、ヴェイルートはクロエと褥を共にしようとはしない。
 クロエは自分の身体に何か瑕疵があり、それが原因でヴェイルートは一緒に寝ようとはしないのかもしれないと、ひそかに気にしていた。しかし、そんなことは義母には言えない。

「ありがとうございます」

 クロエは色々と思うことはあったが、義母から入眠剤を受け取った。

「飲み物に数滴垂らすだけで、一時間後にはグッスリよ。入れすぎないように気をつけて。即効性はないから衛生部隊のあの子にバレる可能性は低いと思います」
「はい、頑張ります!」


 ◆


 (しかし、入眠剤を貰っても、どうやってヴェイルートの飲み物に入れたらいいのかしら)

 ヴェイルートはお茶淹れも自分で行い、誰かに何か世話をさせることが殆どない人間だ。
 それにクロエがお茶を淹れたところで、飲んでくれない可能性は高い。

 茶葉の入ったポットにこぽこぽ熱湯を注ぎ、入眠剤を数滴垂らしてから蓋をした。手を滑らせて少し入れすぎてしまったが、特に匂いは変わっていない。義母いわく、この入眠剤は熱湯に入れても効果が失われないものらしい。
 カラカラと音を立てて台車をひき、クロエはヴェイルートの部屋の戸をノックする。

「……もう身体はよいのですか?」

 扉を開けたヴェイルートは、驚いたようにクロエを見下ろす。

「ヴェイルートから貰った薬のおかげです。……お礼に、茶を淹れて参りました」

 クロエは「またイヤミを言われるだろうなぁ」と思いながらも、にっこり微笑む。しかし、ヴェイルートから何の言葉も飛んでこない。てっきり「あなたが茶ですって? 飲めるものが出てくるのですか?」と言われると思っていた。
 今夜のヴェイルートは妙におとなしい。何かあったのだろうか。クロエは給仕をしながら、彼の方をちらちらと見る。

「……どうぞ」
「ありがとうございます」

 ヴェイルートは伏し目がちなまま、礼を言うとカップの取手に指を引っ掛ける。
 いつもとは違う彼の様子にクロエも心配になったが、紅茶の中には入眠剤を入れている。余計なことを言って警戒されたくは無かった。

「……馳走になりました」
「いえ」

 ヴェイルートは紅茶を黙って飲み干した。
 今夜は一体何が起こるのか。


 ◆


 一時間後、クロエはヴェイルートの寝室へ忍び込んだ。すでに寝室の灯りは消されており、窓のカーテンの隙間からは月明かりが差し込んでいる。

「ヴェイルート……?」

 声をかけても返事はない。瞼が閉じられた顔を覗いたが、起き出す様子もない。金糸の長いまつ毛が眼下に影を作っている。
 入眠剤はよく効いているらしい。先ほどお茶を飲んでいたヴェイルートの様子が妙におとなしかったのが気にかかる。いつも饒舌な彼がクロエに余計なことを言わず、黙って紅茶を飲み干すなんてありえない。

 (でも、私はやるべきことをしなくては)

 今夜こそはヴェイルートを性的に屈服させたい。義父は義母に屈服させられたことで、義母を大切にするようになった。クロエもヴェイルートと上手くやっていきたかった。実の両親のように不仲なまま何年も一緒に暮らすなんて嫌すぎる。

 クロエはそっと掛布団の足許をめくる。ヴェイルートの大きな足先が見えてひるみそうになったが、下半身が露わになるように布団を退けた。
 ヴェイルートの夜着のズボンを下げようと、腕を一度は伸ばすも、クロエはその腕を引き、胸の前でぎゅっと手を握る。
 寝ている人間を一方的に犯して、本当に上手くいくのだろうか。この場になってクロエは怖気づいてしまう。よく考えなくてもこれは犯罪だ。いくら夫婦とはいえ、勝手に身体を繋げるのはよくないのではないか。

 (やはり、ヴェイルートの許可を得てからにしましょう)

  寝ている間に犯しても良いかヴェイルートに許可を取ってからにしよう……とクロエは思ったが、今の関係だととてもではないが許しは貰えそうにない。むしろいつもの十倍イヤミを言われそうだ。

 とりあえず、今夜のところは引き下がることにした。ヴェイルートが風邪をひいてはいけないと、クロエが掛け布団に手をかけた、その時だった。

「……っ!」

 突然、手首を掴まれた。驚きのあまりクロエは声も出ない。クロエの手首を掴んだのはヴェイルートである。彼は起きていたのか。
 彼女はそのまま、布団の中へと引きずり込まれていく。

「ヴェイルート……⁉︎」

 シーツの上にころんと転がされたクロエは、自分の上に覆い被さったヴェイルートを見上げる。彼は目を開けていた。でも、何か様子がおかしい。

「あっ……⁉︎」

 首筋に顔を埋められたクロエは小さく悲鳴を上げる。ヴェイルートはふんふんと鼻を鳴らすと、彼女の細い首筋に食らいつく。傷が残るほど強く歯を当てられたわけではないが、柔肌に歯を立てられ、噛みつかれたクロエは戦慄した。

「あぁっ、ちょっ、ヴェ……」

 クロエの首に噛み付いたヴェイルートは、彼女の肌の弾力を楽しむかのように鎖骨の下や胸のふくらみに噛みついていく。夜着の前ボタンはぶちぶちと音を立てて千切られた。まったく彼らしくない行動に、クロエは慌てて彼の肩や胸を押し返えそうとするもビクともしない。ヴェイルートは衛生部隊所属の後方支援担当だが、前線でも戦えるよう日々鍛えているのだ。手で押さえた胸板の厚さにあらためて戦慄する。

「ふぅぅっ……あっ、あ」

 胸元を露わにされ、乳頭に吸いつかれたクロエは悩ましげな声を漏らす。胸の先を吸われたり、舌先で押し潰されると背中がぞくりとした。空いている方の胸の先も、指先で摘ままれ、軽く引っ張られたり、指の腹で擦られたりしている。気持ちがよくなってしまったクロエは思わず細腰を揺らした。

 (なに……この状況……!)

 ヴェイルートを襲いにきたはずなのに、逆に襲われてしまうとは。クロエはヴェイルートの夜着の裾を掴み、ささやかな抵抗をする。自分から襲わねば、彼を屈服させることが出来ない。このままでは自分が屈服させられてしまう。クロエは焦った。

 そうこうしているうちにヴェイルートから与えられる愛撫がどんどん大胆なものになってきた。ボタンを引きちぎられた夜着が床の上に投げ捨てられ、クロエは生まれたままの姿になる。この国では月の触りの時以外は、夜着の下に下着は身につけない。

 クロエの脂肪が薄い腹の上を這っていた舌は、少しずつ下へおりていき、恥丘に到達する。

「ひっっ、ひぁっ」

 ヴェイルートはクロエの脚を横に大きく開かせ、薄い下生えが茂るそこに顔を埋めた。彼は彼女の髪と同じ色をした陰毛を軽く掻き分けると、露わになった紅い陰芽をちろりと舐めた。

「いっ、あぁぁっ!」

 強すぎる刺激にクロエは腰を浮かせる。抵抗されたくないとヴェイルートは思ったのだろう。彼は彼女の太ももをぐっと抱え込み、その動きを封じると、舌を這わせるたびに硬さが増す陰核に吸い付いた。

「いやっっ、ぁあぁぁん‼︎」

 脳天が痺れるような刺激に、クロエはヴェイルートの金糸をぎゅっと掴むが、彼はけして顔を上げようとはしない。それどころか、愛液が滴り出した蜜口まで舐め出した。初夜の時に彼がしなかった行動に、クロエは驚きを隠せない。初夜は、ヴェイルートがクロエの下半身を舐めることはほとんどなかった。潤滑剤を秘部に適量かけ、ヴェイルートが自分でしごいて勃たせた男性器をクロエの秘裂の奥へ埋めたのだ。
 男性が女性の秘めた場所を舐めるなんて。そんな行為はクロエは知らない。

「あっ、ああっ、はぁっ、」

 二枚貝のように折り重なっていた肉の花弁をかきわけ、ヴェイルートの舌が膣の入り口にまで侵入してくる。紅い内臓が剥き出しになったところを滑る舌が這う。もどかしい快感に襲われたクロエは、目尻から涙を零しながら喘ぐ。

「うぅっ、ひぐっ……だめっ……そんなとこっ……」

 腰をびくびく震わせながら、クロエはヴェイルートの口淫に耐える。彼女がお尻の谷間まで愛液でぐっしょり濡らしたところで、ヴェイルートはシャツの袖で口を拭いながら顔を上げた。


 ◆


 胸が苦しくなるほどの快感を与えられたクロエは、涙で潤む目でヴェイルートを見上げた。これでやめてくれるのだろうかとホッとする気持ちはあるが、膣の入り口を舌や指で刺激された女陰は、最奥への刺激も望んでいた。下腹の奥が熱い。疼いて仕方がなかった。

 ヴェイルートは黙ったまま、股間のあたりが不自然に膨らんでいるズボンを脱いだ。彼の目は虚ろだが、股ぐらにあるものはしっかり起ち上がっている。迫り出した雁首の先からは、透明な液が滴っていた。
 あのいつも饒舌なヴェイルートが、なんの言葉も発することなく自分と性行為をしている。クロエははっきりと違和感を覚えるが、今は最後までしたいという気持ちが上回る。

 ズボンを脱ぎ捨てたヴェイルートは、すっかりほぐれたクロエの淫口に照準を合わせると、突き上げるように腰を動かし、自身の雄で彼女の媚肉を割り開いた。
 媚肉をかき分け、ずぶずぶと侵入してくる硬くて熱いものにクロエは呻き声を漏らす。彼女は処女ではないとはいえ、この行為はまだ二回目だ。しかも一回目の性行為から三ヶ月も経っている。クロエは圧迫感を和らげようとはっはと短く息を吐く。息を吸って吐くたびに、下腹に納められた力強いものを意識してしまう。腹部が熱くて堪らない。
 初夜の時は、ヴェイルートはクロエの胎に自身が馴染むのを待ち、じっと耐えていたが、今宵の彼は待たない。
 クロエのくびれた腰を掴むと、ヴェイルートは容赦なく腰を打ちつけはじめたのだ。すでにクロエの隘路は充分すぎるほど濡れている。ヴェイルートが一突きするたびにぐちゅりぐちゅと大きな水音が漏れる。濡れたことで敏感になった媚肉が擦りあげられ、クロエは甘い喘ぎ声を漏らす。

「……はっ……は……あぁっ……」
「はぁっ……はっ、あぅっ……あぁんっ」

 ヴェイルートも快感を得ているのか、額に汗をにじませ、息を短く吐き出しながら、時折悩ましげな吐息を漏らしている。彼の血管が浮き出た肉棒が、クロエの中を何往復かした時、彼はにわかに腰を震わせた。陰嚢に張りを覚えた彼はこれまで以上に強く彼女の中を抉ると、その中へ欲のかたまりを吐き出す。
 三ヶ月ぶりに注がれた精に、クロエは目を見開く。膣壁に叩きつけるように吐き出された白い体液は、彼女の胎を満たした。
 
「ヴェイルート……っ」

 ヴェイルートはクロエの中に確かに射精したはずだが、自身を引き抜こうとはしない。それどころか前屈みになってより深く彼女の中へ押し入ろうとする。雄の硬さは失われてはいなかった。
 子宮口に雁首を押し当てられ、腰を回されたクロエは悲鳴を上げる。より敏感なところを抉られた彼女は背をそらせて快楽の高みへ昇る。それに合わせて膣も急激に収縮し、ヴェイルートの陰茎をこれでもかと締め上げた。

「ああぁぁ─────っ」

 クロエの呼吸は整う暇もない。彼女の汗の浮いた胸は上下し、顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。ヴェイルートはそんなクロエの顔に唇を寄せた。

「んうぅっっ……」

 息をたえだえさせていたクロエの唇を、ヴェイルートは己の唇で塞いだ。キスも三ヶ月ぶりだった。今夜はもうキスはしないのかとクロエは少しだけ残念に思っていたが、交合が性急ならば、口づけもまた荒々しいものだった。舌を絡め取られ、緩急をつけて口内を犯された。舌の動きが弱まるとクロエは不安になって自分からヴェイルートの舌に自身のそれを押し当てた。舌を絡めあう行為はこんなにも気持ちがいいのかと、またクロエはちいさく絶頂した。


 ◆


 交合が始まってからそれなりの時間が経過していた。
 ヴェイルートは自身の股間が、なにか生ぬるく柔らかいもので包まれていることに気がつく。腰は不自然に重だるい。今宵の夢は妙に現実的だった。自分の腕の中にいるクロエは、今までに見たことがないほど乱れていた。絶えず涙を流し、白い肌を上気させている彼女は恐ろしく扇情的で、なかなか興奮がおさまらない。
 クロエがまた絶頂を迎えたのだろう。彼女は身体を震わせると、膣の締め付けが強くなった。下腹はおおきく畝り、ヴェイルートの雄を絞ろうとする。精を搾り取ろうと蠢く胎の感触を彼は『これは夢だと割り切って』愉しんでいたが、少しずつ、違和感に気づいていく。

 (これは……)

 夢ではない。今まで思考にもやが掛かっていて、深いことを考えられなかったが、時間が経つにつれて意識がはっきりしていく。
 自分はクロエを犯している。いや、彼女は毎晩のようにこの部屋に夜這いに来ていた。合意の元だろうというのは分かる。しかし、ヴェイルートはもうクロエを抱かないと決めていた。

 彼は近衛騎士団の衛生部隊にいる。騎士ながら薬師の免状を持つほど医術の造詣が深い彼は、身体の丈夫でないクロエに妊娠出産をさせるつもりがなかった。今日、彼の口数が少なかったのも、クロエの主治医である女医から『子どもを持つつもりなら、一人か二人までにしたほうがいい』との助言を受けたからだ。女医も、伯爵家の嫡子であるヴェイルートに後継ぎを持つなと言いづらかったのだろう。女医の口調は心なしか沈んだものだった。

 クロエが子どもを産まなくても、後継ぎには困らない。
 ヴェイルートには侯爵家へ婿に行った兄がいる。彼の兄は大層な美形で、幼少期から非常にモテていた。跡取り娘を持つ格上の貴族家から次々に縁談が舞込み、兄は長子であったが、他家へ入ったのだ。
 兄の婿入りの条件に、嫡子になったヴェイルートにもしも子が無かった場合、男児の一人をナサニエル伯爵家の養子に出すという項目があった。だから、ヴェイルートは無理に自分の子を持つ必要がない。すでに兄のところには三人目の男児が産まれたばかりだ。
 そのことはヴェイルートの口から、クロエへ説明されている。しかし、クロエはヴェイルートの子がどうしても欲しいと言い、一歩も引かなかった。
 ヴェイルートは内心、自分の子を望んで貰えることを嬉しく感じていたが、だからと言ってクロエの身体へ負担をかけることは出来ない。

 それにもしも出産時の事故で彼女を失ったらと思うと、身が竦む思いがした。クロエは家が決めた妻だ。愛し合って結婚した女ではない。でももう、ヴェイルートは彼女以外の女が自分の妻になることなど考えられなかった。どうしてもクロエがいい。クロエに長生きして欲しかった。

 そこで考えたのが、敢えて嫌なことを言って、クロエを遠ざける作戦だった。さすがにクロエも嫌いな男の子どもを産もうのはしないのではないか? とヴェイルートは考えた。彼女に嫌われてしまうのは辛いが、彼女を失うよりはマシだと彼は心を鬼にした。
 もともとヴェイルートは一言多い人間で、正論を言ってしまう傾向にある。医療従事者としては好ましい傾向も、こと男女関係においては最悪だった。二人は顔を合わせるたび、イヤミを言い合う関係になった。だが、クロエはなかなか我が子を持つことを諦めない。

 ヴェイルートは己の肉棒でクロエの中を穿ちながら、冷静に今の状況を考察する。おそらく、クロエが用意した茶の中に何かを盛られたのだろう。飲まされた薬には見当がつく。脳の思考や倫理感を司る場所のみを一時的に眠らせる薬を盛られたのだ。
 ヴェイルートとて、若い男だ。瑞々しい肢体を持つ美しいクロエが側にいて、性的に刺激されていなかったと言えば嘘になる。それに二人は初夜を済ませている。ヴェイルートは三ヶ月前にはじめて抱いた女の味を忘れていなかった。あのぬるついた穴にもう一度自身を奥まで埋めて、扱きたいと思っていた。

「ひっ、ひぁっ、はぁっ」

 クロエの足先が床につかないように腰を持ち上げて、彼女の中を深く深く抉る。身体を揺さぶると、ツンと乳頭を勃たせた乳房も揺れた。クロエの胸はけして大きくはないが、女性らしい曲線を描くそれは美しいとヴェイルートは思う。初夜の時は肌の表面にだけ軽く触れていたそれを、彼は掴むと、指を突き立ててぐにぐにと揉み込んだ。クロエは痛むのか、瞼を閉じる。痛がっている顔もそそられる。
 一度精を吐き出したらしい結合部からは、ぐちゅりぐちゅと聞くにたえない水音が漏れた。股間どころか腹筋が割れた腹部までぬるついた体液で濡れていて不快なはずなのに、ずっとずっとこの行為を続けていたいとさえ思う。

「…………ぐっ……」

 ヴェイルートの引き締まった細腰に力が入る。彼はまたクロエの中へ吐精した。彼は覚醒しているようで、まだ本能を抑えきれるほど目覚めきってはいないのだろう。断続的に吐き出されるそれを、一滴残らず、クロエの胎に注ぐ。
 さんざん喘がされたクロエの目は虚だ。カーテンの隙間から差し込む月明かりに照らされた上半身には、噛み痕がいくつも付けられている。理性を眠らされたヴェイルートによって淡雪のような肌は踏み荒らされていた。

 そんな無残な肢体を見ながら、ヴェイルートは柔らかくなった自身を引き抜く。大きな泡が潰れるような、ぐぽりという音を立てながら。

「クロエ……」

 掠れた声で、ヴェイルートは新妻の名を呼んだ。
 
 
 ◆


「いったいこれはどういうことです、クロエ……」

 側から見ればやらかしたのはヴェイルートの方なのだが、彼はクロエから何か盛られたと確信を持っていた。
 クロエは即座に観念した。

「……あなたのお母様から頂いた薬を、数滴ポットへ垂らしました」
「なんということを」
「でも、こんな結果になるとは思いませんでした……」

 クロエはぐっすり眠っているヴェイルートに、あれやこれやをするつもりだったと白状する。

「まさか私が受け手側になってしまうなんて」
「おそらく、理性のみを眠らせる薬だったのでしょう。そりゃ、本能だけ動く状態にされれば、私は貴女を抱くでしょうね」
「……でも、ヴェイルートは私のことが嫌いなのでは?」

 クロエの言葉に、ヴェイルートは目を見開く。

「嫌いではありません」
「そう、なのですか?」
「いつも薄着をして、派手な格好や化粧をしているところは嫌だなと思いますが、貴女の物怖じしないところや、容姿自体は嫌いではありません……。ああ、自分の体調を気にかけないところは嫌です。もっとおとなしくしていればいいのにと、ずっとヤキモキはしていますが、総合的に見れば嫌いではありませんよ」

 長ったらしく色々言われたが、はっきり「嫌いではない」と言われクロエの口元が綻ぶ。ずっと彼女の胸の奥にあったしこりのようなものがじわじわ溶けていく。

「良かったですわ! では、これからは私と子作りしてくれますね?」
「それとこれとは話が別です」

 浮かれるクロエに、ヴェイルートはぴしゃりと否定する。

「前にも言いましたが、この家は兄の子が継ぎます」
「でも……お兄様のご家族はあんなに仲がよろしいのに、誰か一人養子に貰うなんて可哀想です」
「今すぐに養子に貰うわけではありません。兄の家には男児が三人もいます。家を継げるのは一人だけですから、大人になった彼らのうち一人に家を継がせます。あなたが子を産む必要はない」
「今日の行為で子どもが出来てしまったら?」
「そ、それは仕方がないので産んでください……」
「私が産む子は嫡子になれないのですか?」
「産まれてしまったら仕方がないので、後継ぎにします」

 薬の影響とはいえ、ヴェイルートは全力でクロエを抱いてしまった。後ろめたい思いでいっぱいの彼は、クロエの誘導尋問に引っかかってしまう。
 そう、クロエにもしも子どもが出来てしまった場合、その子を後継ぎとして認めると言ってしまったのだ。

 クロエにはある懸念があった。ヴェイルートは血を分けた我が子よりも、より高貴な血をひく兄の子をこの家の後継ぎにしたいのではないか? という懸念が。
 しかしそれは今、払拭された。

「では、これからも子作りしてもいいですね?」

 クロエは裸のまま、ヴェイルートににじり寄ると、その腕に胸をむにりと押し当てた。

「…………」

 いつも饒舌なヴェイルートは、顔を赤くしたまま、その問いには答えられなかった。





 この夜から十ヶ月後、クロエは玉のような男の子を産んだ。母子ともに健康で、心配されていた産後の肥立ちも悪いものではなく、クロエはめきめきと体力を取り戻した。
 妊娠がわかったクロエは薄着や派手な格好を改め、体調に気を配るようになった。その結果、妊娠前よりも健康体になったのだ。
 そもそも、クロエの体調不良の原因は月経過多によるものも大きく、妊娠したことで多少なりにも貧血を抑えることが出来たのも、彼女に良い結果をもたらした。

 ヴェイルートは暇さえあれば我が子を抱っこして何やら話しかけている。『少しでも側にいたいから』と自ら息子のおしめを変え、沐浴もさせている。
 クロエの当初の思惑とはズレているが、ヴェイルートは確かに、屈服した。産まれたばかりの息子に。

「こんなに可愛い子を私に与えてくれてありがとう、クロエ」

 もうヴェイルートはクロエにイヤミを言わない。可愛い息子の母を悪く言うのなんてありえないと思っている。
 一言多いイヤミったらしい騎士だった男は、妻子に屈服した。


 <おわり>
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