天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする③

暗い雨

話は少し前に戻る。

「リアン様を連れて行くというのは正気ですか!?」

 いつも冷静なセオドアがオレに再度尋ねる。

「はっきり言って、オレも連れて行きたくない。だけど……たとえ警備を厚くし、後宮から出れないようにしたとしても、リアンはどんな手を使っても出ていく」

「は!?」

「それが彼女だ。王命だと言っても出ていく。王命に背いて処刑になろうとも行く。それなら傍に置いておくほうがマシなんだ」

「はあ!?」

「リアンにはオレたちが見えているもの以上のものが見えている。それゆえ連れて行くことにした。今回の戦は決して負けられないものだ。勝つこと意外に道はない」

 セオドアがそれはわかりますが……と口ごもる。

「おまえにリアンの護衛を命じる」

 ハッとセオドアが顔をオレに向ける。

「しかし!陛下の影武者としての役目があります!陛下を危険に晒すことになります!」

 セオドアにしては珍しく感情を出す。幼い頃よりオレの影武者を演じてきた。

「構わない。リアンを守れ。その手も足も傷つけることを許さない」

 ここで、出来ないと食ってかかると思った。以前のセオドアならば、オレ以外をどうして守らなければならない?と淡々と無表情でそう答えていただろう。

 しかし、今は………。

「………それが王命でありますならば、命を賭けてもリアン様をお守りいたします」

「助かる。頼む」

 膝を折り、静かに頷いた。了承した……セオドアもまたオレと同じ光を感じているんだろうと思う。もちろん役目的にはオレのことを最優先事項としている男だが。

 リアンは人を惹きつける。暗い雨の中にずっと居たものであればあるほど、その雲間から出てくる太陽のような存在で照らす。

 迷いのない強い光、導く光は道を明るく照らす。

 だからオレも闇を抜けてこれた。

 あの日……雨がずっと降り続いていた。誰かが流した涙のように。

 幼い頃、冷たい雨が降る日にオレは王になった。

「思ったより早かったか……」

「最近、あまり体調が優れませんでしたから」

 セオドアがそう言う。雨が降っているためか昼中だというのに暗い。話し声の中に雨音が混ざる。

「父王の葬儀はいつになる?」

「1週間後です」
  
 まだ幼さの残るセオドア。また同じ歳のオレも幼い。

 しかし年齢など関係なく、しなくてはならないことは避けれない。

「そうか。じゃあ、それまでに片付けよう。厄介な奴らをな」
 
「御心のままに……」

 そう言って、オレとセオドアは父王の時にいた、好き勝手にしていたやつらを粛清していった。代わりに能力のあるものをその座へ据えていく。入れ替えは素早く、文句を言う暇を与えない。
 
「殿下、これ以上は……」

 宰相が怯えている。

「わかっている。なぜ、ここまで腐敗するまで見過ごしていた?まあ……父はあまり政務がお好きではなかったから、おまえを責めるのも間違いかもしれないけどな」

「な、なぜ、ここまで……」

「なぜ、オレが臣下のしていることを知っていたか?ここまでするのか?と聞きたいか?」

 はい……と頷く。

「この国を良くしたい……というのは、表向きの理由かもしれない。本音はたった一人に軽蔑されたくないためだな」

 ウィルが大切にしている彼女は私塾で目を輝かせて新しいことを知り、学び、楽しげに今日も勉強していることだろう。きっとそのうち、その実力を持って、王宮に来る。そしてウィルかウィルバードだと知る。その時に良い王だと思われたい。

 我ながら単純な理由だよな苦笑してしまう。王ならばもっと志し高く持たないとダメだろうに……だけどこんな小さな望みがオレを強くしてくれる。

 ウィルでいられる時間は後、どのくらいあるんだろうか。彼女に恥じない王にせめてなって、ウィルバートとして会いたい。

「はあ……!?誰に!?」

「宰相、怯えているが、オレはおまえを罷免する気はない。父王が仕事をしない分、おまえが真面目にしてくれていたおかげで国は回った。国の金に手を出したり、己の私心のために人事をしたりしていないからな」

 ……真面目だけが取り柄の宰相。悪くはない。私腹を肥やすことに長けていない。それが良い。

 逆恨みをしてきたやつらはセオドアや三人の騎士に阻まれる。ダラダラと己の地位に胡座をかいてたやつらに負けるわけがない。

 父王の葬儀はずっと雨が降り続いていた。

 王になりたくないが、この道しかない。王になることで、生き残れた。やっとここまできた。でも……もし違う道があれば、きっとオレは………。

 雨を見上げて思う。父が亡くなっても涙は流すことはなかった。
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