天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする③

怠惰な王妃様はたまに本気を出す!

「私が勝ったら、私の望みを一つ叶えてくれませんこと?」

 リアンが可愛らしく上目遣いで、おねだりする。……その表情はオレにしたら勝利のポーズに見えるんだが?もう勝利のシナリオに相手をのせようとしている。

「勝てたら良いですよ。勝てるならばね!」

 コンラッドがそう言う。周囲に人だかりができてきた。こんな人が行き来する、ど真ん中でするから観客は集まるだろう……コンラッドはわざと見せつけるためにここを選んだんだろうけど。

 ガルシア将軍が何してるんだ?と覗き込む。リアンとコンラッドのチェスの勝負を見て、複雑な顔をした。

「おい!?なんで止めなかった!?」

「止めたが、コンラッドが無視した」

 被害者2号かな?ご愁傷さまだなぁと呟いて、結果を見ないで言ってしまう被害者一号。

 駒が並べられる。先手はコンラッド。タンッと盤をの上を勇敢なポーンが歩いた。端正な顔立ちには微笑みが浮かぶ。

 ……その数十分後だった。リアンはゆっくりとお茶のカップを持ち、飲んでいる。

「な、なぜ!?……途中まで優勢だったんですが……」

 お菓子も美味しいわと言って余裕の顔をして、食べている。震える手で駒をうごかすコンラッド。リアンはそこでいいの?と聞き直すと、やはり違う!と言って駒を違う所へやろうとする。すでにリアンの手の中で踊らされている。

「まあ!こんなことあるなんて、奇跡ね!チェックメイト!」

 大げさに驚く振りして、相手を追い詰め、チェックメイトを高らかに宣言するリアン。

 呆然としているコンラッド。皆の前で負けてしまったことがショックなのか、動けない。リアンがお茶のおかわりをして、優しい声で言う。

「コンラッド王子、手加減してくださったんですよね?ありがとうございます」

「えっ……あ………!?」

 戸惑いを隠せないコンラッド王子とは逆にリアンの演技は完璧だった。ちょっとマグレで勝っちゃった感を出して、恥ずかしそうにモジモジしつつ、申しわけなさそうにしている。

 ………絶対嘘の演技だろ。それ。

 オレには勝ち誇るリアンが見える。

「コンラッド王子、楽しい時間、ありがとうございました」

 オレ翻訳『この天才リアン様にそもそも勝負を挑んでくるなんて、まずその心意気を褒めてさしあげるわ!』

「たまたまなのか?……いえ、王妃様が楽しまれたなら、なにより………です」

 コンラッドは何度も最初から互いの手を並べてやり直してみて、首を傾げている。

「では、これで失礼いたしますわ。コンラッド王子、私などに構わず、ごゆっくり滞在をお楽しみください」

 オレ翻訳『何度、やり直しても無駄よ!私の怠惰な時間を削ってあげたのよ。もう私には関わらないで過ごしなさいよっ!』

「もう一局お願いできませんか?」

 リアンの頬がピクッとひくついた。

 オレ翻訳『ジョーダンじゃないわよ!』

「あ、あら……えーっと、私も忙しくて……」

 オレ翻訳『怠惰タイム削れる!やめて!』

「勝ち逃げされるんですか?どうせお暇でしょう?」

 コンラッドの物言いにリアンは少し困った顔をしてみせる。わざと負けることは可能だろう。オレが見ていたかぎりは途中まで負けようかなと迷っていた気がする。

 だけど負けず嫌いのリアン、途中から作戦変更して勝ちにいってしまった。それでつい勝てそうで勝てなかったコンラッドは余計に悔しくなっている。

「ごめんなさい。今から香油でお肌の手入れをする時間ですの」

 ペコリとお辞儀するリアン。ヒラリとドレスの裾を翻してアナベルを連れて逃げるように後宮の方へ行ってしまった。

 コンラッドは群衆の中のオレに気づく。

「あの王妃は運がいいんですか?」

 運でリアンが勝ったと思ったらしい。オレはさぁねと笑った。オレだってこういうゲームで勝たせてもらったことはないんだ。

 コンラッド、リアンに勝つのは無理だよと言いたかった。

 チェスはよく兵法の陣形を学ぶ時に師匠としていた。オレどころか、あの師匠にすらリアンは勝っていたのだから……。
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