今日もまた、あの夏の真ん中で死にたいと思った
閑話
告白
いくつか季節が過ぎて、詠は中学二年生になった。
成績はちょうど真ん中くらいの位置を彷徨っている。とはいっても、高校までは一貫の学校に通っている詠に高校受験という選択肢はなく、いつも通りの日常を過ごしていた。
学校をメインに生活をして、仕事に行く。そんな生活。
最近変わった事と言えば、クラスの子に彼氏ができ始めた。
頑なに言わずに隠している人もいるが、雰囲気の違いでわかってしまう。そして〝あの子とあの子付き合っているらしいよ〟という噂話が日常茶飯事になった。
しかし詠は〝付き合う〟という行為が具体的にどういう状態を指すのか、いまひとつよくわかっていない。
「付き合ってほしいんだけど」
周りが盛り上がると、自分もその波に乗りたいと思うのは人間の性なのかもしれない。
詠は雑草一つ生えていない綺麗に整備された体育館裏で、少し恥ずかしそうに言う一つ上の先輩を正面から見る。
これが告白。
人は告白するとき、恥ずかしそうな顔をするのか。
どうしてだろう。堂々としておけばいいのに。
成功する可能性が高いと思っていたら、恥ずかしがる必要はないはずで。
だったら、失敗したときに備えて?
何にしても表情に出るには理由があるはずで……。
職業病とわかりつつも、演技をする上で人間を観察するというのはとてもとても重要で。詠は感情の動きを読み取ろうとして、何度か廊下ですれ違った気がする先輩を正面からじーっと見つめた。
「あの……詠ちゃん……?」
沈黙が沈黙のままそこにあることに気が付いて、詠は我に返った。
「ごめんなさい」
希望を見せないようにはっきりとそう言って頭を下げる。
それ以上の言葉はない。しかし先輩は詠が顔を上げて真正面から見つめても、まだ詠の言葉を待っていた。
「……え、それだけ?」
「それだけです」
「付き合えない理由とか……」
「……付き合えない理由」
詠は先輩から言われた言葉を唱えて、それから考えた。
夏休みに響の所に行きたいし、響と気兼ねなく話がしたい。
つまり、〝縛られたくないから〟。
しかし、束縛とかしないよーと言われてしまえばこの話はおしまいになってしまう。
「好きな人がいるから」
一番手っ取り早くて、それっぽい言葉を選ぶ。
先輩は「それなら仕方ないか」とあっさり諦めてくれた。
きっと明日には〝咲村詠には好きな人がいる〟という噂が流れるだろう。そして特定が始まるのだと思う。
学校の中だけの噂なんてどうでもいい。どうせいい態度をとっても悪い態度をとっても、その人との相性が悪ければ悪いようにとらえられる。
家に帰りながら、もうすぐ会える響の事を考えて自然と笑顔がこぼれた。別に彼氏なんていらない。〝彼氏に束縛される〟なんて話を聞くが、響と会うことを制限されるなんて絶対に嫌だ。そんな事になるくらいなら、彼氏なんて一生できなくていい。
もう中学二年生になった。
響はこの一年でまた少し、大人になっているだろうか。
詠は家に帰りつくと、とっくに帰った小梢の作ったご飯をいつも通りレンジで温めた。
相変わらず家らしくない家で、アイランドキッチンのカウンターに座って一人でバランスの整った食事をとる。
リビングでテレビは見ない。
テレビに視線を移す度に視界に入る空間が好きではないから。
黒と灰色を基調にした家具。
暗くて、無機質。
一人でいると気が滅入る。食事の味をゆっくり楽しもうという気にもならない。もう少し緑を置くとか、木を基調にするとか、どうにか出来ないのだろうか。詠はそんなことを考えてもどうにもならないと思いながら、詠はいつも通りよく噛むことを心掛けてご飯を食べる。
母親はいつも詠が起きる頃には家にいない。最近は顔を合わせる事も億劫で、詠は自分のお金でテレビを買って部屋に置いた。だから落ち着かないリビングにいる時間は極端に減り、ご飯を食べて風呂に入った後はすぐに部屋に引きこもっていた。
母が帰ってくれば寝たふりをする。日々、その繰り返し。母はそれに対して何か言及することはない。
母と距離を取っている今でも、〝認められたい〟と思う感情が思い出したように息をするときがある。
そんな時はどうしても、響に会いたくなる。
しかし、響に会うためにまとめて休みを取る代わりに、詠は他の季節で仕事を調節していた。
会いたいと思ってすぐに会いに行ける距離ならいいのに。
彼氏とか、彼女とか。そんな関係性はよく知らない。
どうしてそんなものが必要なのかも、よくわからない。
お互いがお互いを必要としていれば、それでいいのではないのだろうか。
ただきっと〝会いたい〟という思いが重なれば、互いの同意を取ったうえで彼氏、彼女と名乗ることができるのだろう。
だったら響との関係も同意を取れば、彼氏、彼女になるのだろうか。
先ほどの先輩のように〝付き合ってほしい〟と言えば。
だが、〝会いたいときに会えない人〟はその彼氏、彼女に含めていいものなのか、詠にはさっぱりわからなかった。
しかし、今まで出会ったどんな人にも感じなかった〝また会いたい〟という気持ちを、響に強く感じる。
きっとみんな、この感情を確かめ合った先で、彼氏、彼女という立場を確立するのだろう。
それなら相手を見つけ出して、環境を考慮して、付き合うという選択を下せたすべての人たちは、本当に本当に、強運だと思う。
成績はちょうど真ん中くらいの位置を彷徨っている。とはいっても、高校までは一貫の学校に通っている詠に高校受験という選択肢はなく、いつも通りの日常を過ごしていた。
学校をメインに生活をして、仕事に行く。そんな生活。
最近変わった事と言えば、クラスの子に彼氏ができ始めた。
頑なに言わずに隠している人もいるが、雰囲気の違いでわかってしまう。そして〝あの子とあの子付き合っているらしいよ〟という噂話が日常茶飯事になった。
しかし詠は〝付き合う〟という行為が具体的にどういう状態を指すのか、いまひとつよくわかっていない。
「付き合ってほしいんだけど」
周りが盛り上がると、自分もその波に乗りたいと思うのは人間の性なのかもしれない。
詠は雑草一つ生えていない綺麗に整備された体育館裏で、少し恥ずかしそうに言う一つ上の先輩を正面から見る。
これが告白。
人は告白するとき、恥ずかしそうな顔をするのか。
どうしてだろう。堂々としておけばいいのに。
成功する可能性が高いと思っていたら、恥ずかしがる必要はないはずで。
だったら、失敗したときに備えて?
何にしても表情に出るには理由があるはずで……。
職業病とわかりつつも、演技をする上で人間を観察するというのはとてもとても重要で。詠は感情の動きを読み取ろうとして、何度か廊下ですれ違った気がする先輩を正面からじーっと見つめた。
「あの……詠ちゃん……?」
沈黙が沈黙のままそこにあることに気が付いて、詠は我に返った。
「ごめんなさい」
希望を見せないようにはっきりとそう言って頭を下げる。
それ以上の言葉はない。しかし先輩は詠が顔を上げて真正面から見つめても、まだ詠の言葉を待っていた。
「……え、それだけ?」
「それだけです」
「付き合えない理由とか……」
「……付き合えない理由」
詠は先輩から言われた言葉を唱えて、それから考えた。
夏休みに響の所に行きたいし、響と気兼ねなく話がしたい。
つまり、〝縛られたくないから〟。
しかし、束縛とかしないよーと言われてしまえばこの話はおしまいになってしまう。
「好きな人がいるから」
一番手っ取り早くて、それっぽい言葉を選ぶ。
先輩は「それなら仕方ないか」とあっさり諦めてくれた。
きっと明日には〝咲村詠には好きな人がいる〟という噂が流れるだろう。そして特定が始まるのだと思う。
学校の中だけの噂なんてどうでもいい。どうせいい態度をとっても悪い態度をとっても、その人との相性が悪ければ悪いようにとらえられる。
家に帰りながら、もうすぐ会える響の事を考えて自然と笑顔がこぼれた。別に彼氏なんていらない。〝彼氏に束縛される〟なんて話を聞くが、響と会うことを制限されるなんて絶対に嫌だ。そんな事になるくらいなら、彼氏なんて一生できなくていい。
もう中学二年生になった。
響はこの一年でまた少し、大人になっているだろうか。
詠は家に帰りつくと、とっくに帰った小梢の作ったご飯をいつも通りレンジで温めた。
相変わらず家らしくない家で、アイランドキッチンのカウンターに座って一人でバランスの整った食事をとる。
リビングでテレビは見ない。
テレビに視線を移す度に視界に入る空間が好きではないから。
黒と灰色を基調にした家具。
暗くて、無機質。
一人でいると気が滅入る。食事の味をゆっくり楽しもうという気にもならない。もう少し緑を置くとか、木を基調にするとか、どうにか出来ないのだろうか。詠はそんなことを考えてもどうにもならないと思いながら、詠はいつも通りよく噛むことを心掛けてご飯を食べる。
母親はいつも詠が起きる頃には家にいない。最近は顔を合わせる事も億劫で、詠は自分のお金でテレビを買って部屋に置いた。だから落ち着かないリビングにいる時間は極端に減り、ご飯を食べて風呂に入った後はすぐに部屋に引きこもっていた。
母が帰ってくれば寝たふりをする。日々、その繰り返し。母はそれに対して何か言及することはない。
母と距離を取っている今でも、〝認められたい〟と思う感情が思い出したように息をするときがある。
そんな時はどうしても、響に会いたくなる。
しかし、響に会うためにまとめて休みを取る代わりに、詠は他の季節で仕事を調節していた。
会いたいと思ってすぐに会いに行ける距離ならいいのに。
彼氏とか、彼女とか。そんな関係性はよく知らない。
どうしてそんなものが必要なのかも、よくわからない。
お互いがお互いを必要としていれば、それでいいのではないのだろうか。
ただきっと〝会いたい〟という思いが重なれば、互いの同意を取ったうえで彼氏、彼女と名乗ることができるのだろう。
だったら響との関係も同意を取れば、彼氏、彼女になるのだろうか。
先ほどの先輩のように〝付き合ってほしい〟と言えば。
だが、〝会いたいときに会えない人〟はその彼氏、彼女に含めていいものなのか、詠にはさっぱりわからなかった。
しかし、今まで出会ったどんな人にも感じなかった〝また会いたい〟という気持ちを、響に強く感じる。
きっとみんな、この感情を確かめ合った先で、彼氏、彼女という立場を確立するのだろう。
それなら相手を見つけ出して、環境を考慮して、付き合うという選択を下せたすべての人たちは、本当に本当に、強運だと思う。