来世に期待します〜出涸らし令嬢と呼ばれた私が悪い魔法使いに名を与えられ溺愛されるまで〜
「オズ様、セシリアです。薬茶をお持ちしました」
「……どうぞ」
私が声をかけると遅れて小さく返事が返ってきて、私はそれを確認してからトレーを片手に扉を開けた。
「失礼します」
「っ、おい、マスクを……っ、病が、移る……」
「大丈夫です。私、病にかかったことないので。。水を頭からかけられて真冬の夜に外へ出されても、川に投げ込まれても、家族全員が病に倒れても、私は無事だったので」
「君、よくそんな家で今まで生きてこれたな……」
カンタロウと同じことを言われてしまった。
本当、自分でもそう思う。
だけど、それは仕方がないこと。
私がぐずで、期待を裏切ってばかりで、出涸らしだから。
罰せられて当然なんだ。
「それより、薬茶を作ってきました。どうぞ、飲んでやってください」
ベッドサイドのチェストテーブルにトレーを乗せ、カップを手にオズ様へ差し出す。
「!! これは……陽々花と……モリア草か!? 水中エリアに入ったのか!?」
「っ、ご、ごめんなさいっ!!」
肩をすぼめ、ぎゅっと目を瞑る。
叱られる際に与えられる衝撃に備える癖だ。
だけど想定していた衝撃と痛みはいつまでたっても与えられず、代わりに深いため息が降りてきた。
「はぁ……。……怪我は?」
「え?」
「だから、怪我はないのか? あそこには危険な生物はいないが、それでも水中では何が起こるかわからない。どこも、何ともないのか?」
何で──?
私、オズ様との約束を破ったのに。
何で私の心配をしてるの?
こんな反応、知らない。
「怪我は……ないです。息が苦しかったぐらいで……。でも、何で……? ぶたないんですか? 約束を破ってしまったのに……」
私の疑問に、オズ様が目を大きく見開き、険しい顔で私を見た。
「君は俺のためにしてくれたんだろう? 案ずることはあれど、手を上げることなど、そんなことはしない。それは人の気持ちを踏み潰す行為だ」
気持ちを──踏み潰す?
違う。
お父様とお母様が、私の気持ちを踏み潰していたはずがない。
だって私は……私も、二人の娘だもの。お姉様と同じ。
私がただ出涸らしで、ぐずだから、だから悪いのよね。
「まぁ、怪我が無いならいい。まったく、無茶をするな。……だが……ありがとう」
なぜか心に染み入る、言われ慣れないその5文字。
不明瞭なその感情に、私はただ戸惑い瞳を彷徨わせる。
「……? 何か、魔法を使ったのか?」
薬茶の表面のキラキラを見てからいぶかしげに尋ねたオズ様に、私は首を横に振った。
「私は魔法は使えませんから……」
するとオズ様は、ぽかんとした表情で固まってしまった。
「お、オズ様?」
「嘘だろ……?」
「魔力測定式は?」
「受けていません。姉の魔力測定式以降は、姉のことにかかりきりで、私のことをする余裕がなかったので……」
姉が聖女認定を受けてから王太子殿下の婚約者になって、父母は毎日、王妃教育と聖女修行をしに城へ行く姉の送り迎えをしていた。
だから私のことが二の次になってしまったのは仕方のないことだった。
「は……? じゃぁ、魔法を学んでいない、のか? ……よく暴走をを起こさなかったな……」
ぼそぼそと何かつぶやきながら考え込んでしまったオズ様は、視線をカップに移す。
「それにしても、綺麗だな」
「そうなんです!! 陽々花の抽出液にモリア草を入れたら、こんなに綺麗に一瞬で色づいて──」
「あぁ、知ってる。 ……母が……よく淹れてくれたからな」
オズ様のお母様……はっ!! そうだわ!! あれを──!!
「オズ様、これ」
私はエプロンのポケットからモリア草に絡みついていたロケットペンダントを取り出すと、オズ様へと差し出した。
「それは……!!」
「モリア草の根の方に絡まってました。その……中を見てしまって、ごめんなさいっ!! これ……オズ様の、なんですよね? まる子たちに聞いて……」
やっぱりまずかったかしら?
勝手に人のプライバシーを除いてしまって……。
約束を破った上にプライバシーの侵害。
これは今度こそぶたれる──!!
「……だから、ぶたないからな」
「へ……」
「別に、隠しているわけでもないし。……そうだな。君はいろいろと分かっていないようだから、話すべきか……」
わかっていない?
首をかしげる私を、赤い双眸が私を射抜く。
「俺の父母は……俺が、この魔力で殺した──……」