来世に期待します〜出涸らし令嬢と呼ばれた私が悪い魔法使いに名を与えられ溺愛されるまで〜

「ぐんぐん伸びてしっかり育ってね」
 声をかけながら温暖エリアの薬草たちに水をやる。

 温暖エリアは温かい気温を好む薬草のエリアで、しっかりとした水やりが必要になる。
 オズ様が私に任せてくれた数少ない仕事の一つだ。

「なんかこのところ薬草が妙に活き活きしてない?」
「僕も思ってた。セシリアが丁寧に育ててくれてるからかな?」

 そう言いながらのんびりと日向でぬくぬくと光を浴びるのは、まる子とカンタロウ。

 オズ様は急な王家からの呼び出しで、朝から王都に向かってしまった。
 急な呼び出しなんて何かあったのかしら?
 あいかわらずものすごく嫌そうな顔で出ていかれたけれど……。

「セシリア、これ終わったらチョコレートタルトでも焼いてあげて」
「へ? いいけど、どうして?」
「多分、ものすごーく疲れて帰ってくるわ、オズ」

 ものすごーくって……王都へ行ってきた日はだいたいいつも疲れていらっしゃるけれど……。

「そうだね。なんたって今日の呼び出しは、ルヴィ王女からの呼び出しだからね」
「ルヴィ王女?」
 て、確かクリストフ王太子殿下の妹君。
 とっても綺麗なお方だって聞いたことがあるけれど、私はお会いしたことがない。

「ルヴィ王女はオズが好きだからね。時々呼び出しては自分を売り込んでいるんだ」
「う、売り込む?」
「うん。一応このジュローデル公爵家は権力のある家だから、いくら王女が望んでいてもそう簡単には結婚の命令は出せないんだよ、王家もね」
「負い目もあるしね。公爵家追放の」

 今の国王陛下のお父様の代に起きたこととはいえ、今更覆すのは王家の威信にかかわる。
 だけど陛下にも思うところがあるから、権力を持たせたままにしている、ってことね。

 それにしてもオズ様のことが好きな王女様か……。
 ルヴィ王女は美しいというし、オズ様と美男美女でお似合いなんじゃ……?
 そこまで考えて、胸のあたりが少しばかりチクリと痛んだ。

「ま、オズは逆に王女を嫌ってるから、結婚はないわよ。安心なさい、セシリア」
「えぇ!? 何で私!?」

 私関係ないし、ただの居候なんだけど!?
 二匹そろってニヤニヤとして見つめてくるのやめてぇぇぇええ!!
 私の顔が熱くなってくるのを感じたその時。

「あぁ、こちらでしたかな」

 一面花に囲まれた裏庭に足を踏み入れるのは、身なりの良い紳士と淑女。
 その後ろを一人の初老の男性が付き従っている。

「す、すみません、お客様ですか?」
 二人とも綺麗な青い瞳。
 思い浮かぶのはルーシア様の姿だ。

「!! あなたは……フェブリール男爵家の……」
「へ?」
 私の顔を知っている?
 社交界に出てもいない私を?

 私は不思議に思って二人の顔をじっと見つめると、よみがえってくる幼い記憶。

 何てこと!?
 ルーシア様のお父様とお母様である、ブロディジィ公爵夫妻じゃない!!

 幼い頃に一度見ただけだけど、間違いない。
 私にもとても優しいまなざしを向けてくれたお二人だもの。

「あぁやはり。だがなぜジュローデル公爵家に?」
「えっと、それは……」

 ちらりと横目で二匹を見下ろすも、今二匹は猫とカラス。
 助け舟をもたらしてくれる気配はない。

「あぁ、だが……こちらにいる方があなたは幸せそうだ」
「え?」
 ふわりと細められて目と目じりの皺に、私は戸惑う。

「あぁ。私があれ以降男爵家に行かなくなったのは、ローゼリア嬢が聖女になってから、男爵夫妻が変わられてしまったから。特にあなたへの扱いは目に余るものだった」

「変わった?」

「あぁ。以前のお二人は、きちんとあなたのことを見ていた。なのに姉が聖女だとわかってから、変わってしまった。あなたへの態度はあんまりだった。だからこのブロディジィ公爵家は、あなたのご両親と関わることをやめたのです」

 だからあれ以来男爵領に来られなくなった……?

「あぁ、それで、オズ殿はどちらに?」
「あ、はい、えっと、オズ様は王女様からの呼び出しで、朝から王都へ……」
「ふむ、入れ違いか……」
「あの、何か伝言でもしておきましょうか?」

 エプロンからメモ帳とペンを取り出すと、ブロディジィ公爵は首を横に振った。

「いや、いい。これだけオズ殿に渡していただけるかな?」
 そう言うとお付きの方がすっとアタッシュケースを私に差し出す。

「えっと……これを、ですか?」
「あぁ、孤児院への寄付だよ。年に一度、これを持ってここへ訪れるのが、私たちの楽しみでね」

 こんなに大きなアタッシュケース……これが全部寄付だなんて。
 それに孤児院……もしかして、ルーシア様のこと?

「ルーシア様に会われないんですか?」
「……いや、遠くから眺めるだけだよ。会えば連れて帰りたくなってしまうからね」

 苦しげにゆがめられた瞳が伏せられる。
 あぁ、やっぱりお二人はルーシア様のことを嫌っているわけではないんだわ。

「ルーシア様を連れて帰ったりはしないのですか?」
「……それがルーシアのためですわ。魔力のない子が貴族社会に居続けることはない。だからあのまま公爵家にいれば、あの子はいつまでも“魔力枯らし”だと蔑まれ、あざ笑われて生きることになっただろう。そんなつらい人生を、あの子に味あわせたくはない」

 “魔力枯らし”だからこそ待ち受けている嘲笑から、ルーシア様を守るために……?

 そのつらさは、私もわかるつもりだ。
 私も“出涸らし”だと嘲笑されてきたのだから。
 そこに尊厳などはない。
 一生受け続けることになる好奇の目は、どんなにつらいものだろう。

 だけどきっと、その思いすらもルーシア様は知らない。
 だから何年経っても心はここに無いんだ。
 ずっと、自分は“魔力枯らし”だから捨てられたのだと、心の行き場を失くしたまま。

“ね、私のお母様、すごいでしょう?”
 昔の記憶から、小さなルーシア様の声が呼び起こされる。
 そうだ……確かあの時……。

「……公爵夫人、差し出がましいのですが、一つ、お願いがあります」
「お願い?」
「はい。カップケーキを、焼いていただけませんか?」
「まぁ、カップケーキを?」

 確かルーシア様達ご一家が男爵領にいらした時、手土産に公爵夫人の作ったカップケーキを持ってきてくれたんだ。
 あの時、彼女は誇らしげに「お母様のカップケーキは世界一なのよ。ね、私のお母様、すごいでしょう?」と話していた。
 きっと会えなくても、それを渡せば、お二人の二人の気持ちが伝わるはず……!!

「どうか、お願いします……!! ルーシア様の心を、迷子のままにさせないでください……!!」
 私はそう言うと、お二人に向けて深く頭を下げた。
 男爵家の、しかも出涸らし風情が何かを頼んで良いようなお人ではない。
 だけど、あのままにはしておきたくない……!!

 私の迷子の心をオズ様が拾い上げてくれたように、私も、ルーシアの心を拾い上げたい。

「……頭を上げてちょうだい。わかったわ。作りましょう。厨房を貸してくださるかしら?」
「!! はいっ!!」

 公爵夫人が私を見て目を細めて微笑む。

「ルーシアは、素敵な友達を持ったのね」

 友達……。
 今からでも遅くないならば。
 もう一度、ちゃんと──。

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