来世に期待します〜出涸らし令嬢と呼ばれた私が悪い魔法使いに名を与えられ溺愛されるまで〜

 私は目の前の悪い魔法使いさん(仮)にすべてを話した。

 姉は聖女で、自分はその出涸らしとして毎日働いてきたということ。
 頭を打って前世の記憶を取り戻し、もうこの世界がどうでもよくなって、来世に期待しようと考えたこと。
 昔姉から聞いた、森にいる悪い魔法使いの話を思い出し、会って痛みなく、苦しみなく、楽に綺麗に死なせてもらおうと考えたということ。

 話し終わるころには男性は頭を抱えて俯いていた。

「……思ったより……重かった……」
 ぐったりとそうつぶやいた男性に、私は「すみません……」と頭を下げる。

「とりあえず、君のその家族はクズだな。姉と差別して、姉も一緒になって君をこき使うとは……」
「ち、ちがいます!!」
 
 バンッと勢いよく両手で机をたたき立ち上がる私のドレスの裾を、隣に座っていたまる子が座れと言わんばかりに引っ張る。

「ちがわないでしょ。あの母親とか、何度も君に熱い淹れたてのお茶をぶつけてたじゃないか。まぁ、僕がしっかりとひっかいて報復してやったけどね」
 
 そういえば、いつだったか野良猫に顔をひっかかれたと、ヒステリックを起こして母が出先から帰ってきたことがあった。
 そうか、あれか。

「それに、あんたの父親だってそうよ。何度あんたの作った食事を捨てた? 朝から仕込んだシチューも、ふわふわのパンも。私たちのお腹に入ることなく投げ捨てられたのは。一回や二回なんかじゃなかったわよ?まぁ、私が父親のてっぺんの頭皮を突っついてやったけどね」
 
 父の頭皮が日に日に薄くなっていたのはそれが原因か……。

「でも、それはすべて私が悪いんです。私がぐずで、しっかりしていない、ただの出涸らしだから……。だからお姉様も、お父様もお母様も、私の名前を呼んでくれなくなった。全部、私の責任なんです」

 膝の上で握りしめた両手に視線を落としたままただ謝る私の頭上から、「はぁ……」とため息が一つこぼれた。

「君は、自分を卑下しすぎる癖があるようだな」
「へ?」
「わかった。そんなにこの世界が君にとって生きにくいのであれば、俺が楽に終わらせてやろう」
「本当ですか!?」

 よかった……!!
 寒い中暗くて怖い森に入った甲斐があった!!
 二種類もの魔法を操るほどのお力を持っているのだもの、この方に任せておけば安心だ。
 きっと痛みなく来世への道を作ってくれることだろう。

「えぇ!? 駄目よ!!」
「何勝手に話進めてるんだい!?」

 私と男性の間で話がまとまりかけたところを、カンタロウとまる子が声を上げてテーブルの上へとぴょこんと飛び乗る。

「オズ、待って!! ちょっとあんた、私もう三日もあんたの料理食べてないんだけど!!」
「僕もだよ!! 特に今日は美味しそうな匂いがしていて期待していたというのに、こんな腹ペコな僕らをこのままにしておく気?」

 恨みがましく私を睨みつける二匹にたじろぎ、「ご、ごめんなさい」とまた謝る。
 そういえば用意だけして外に置いておくのを忘れていたんだった。

「罰として、あんたはこれからこの屋敷に住んで、私達にご飯を提供して頂戴!!」
「うんうん、それがいい。僕たちの舌を虜にした罰だよ」

 なんて横暴な。
 ちらりと二匹の向こう側の男性へ視線を移すと、何やら少し考えるしぐさをしてから、ゆっくりと頷き口を開いた。

「ふむ、そうだな。じゃぁとりあえず、君はしばらく家で暮らすと良い」
「ここで……暮らす? でも私、お金持ってなくて……」
「いらん。食事を作ってくれさえすればそれでいい。少しここでゆっくりと過ごして、それからでも良いんじゃないか? 楽になるというのは」

 ゆっくりと過ごして……。
 その考えは正直自分の中には無かった。
 あの家にいる限りはゆっくりなんてできなかったし。

「それいいじゃない!!」
「うん、僕も賛成。なんたって、オズのご飯はまずい」
「ほっとけ。あぁ、あらためまして、俺の名前はオズだ。オズ・ジュローデン」

 オズ様はそう名乗ると、一口薬茶を口に含んだ。

「あの、お、オズ、様? 私は……私、は──」
 名乗りたいのに名前が口から出てこない。
 名乗るべき名前を、忘れてしまったから……。

「私は──出涸らし」
 ようやく口から出た名前に、オズ様もカンタロウもまる子も口をあんぐりと開けて呆然と私を見た。

「あ、えっと、あの、すみません!! 私、もう何年も出涸らしとしか呼ばれたことなくて……前世の名前も、もう思い出せなくて。かろうじて覚えているのは、自分が二十三歳で過労死した日本人だってことぐらいで……」
「二十三歳で過労死って……いったい何してたんだ……」

 父も母も早くに亡くした私は、高校生の弟を大学まで行かせようと必死に働いた。
 栄養の付くものをと、少ない食費でやりくりをし、毎食手作りしていた。
 遺産や保険金は、あの子が結婚するときにとっておこうと、手を付けることなく働き続けた結果がこれだ。
 でも、貧しくても、幸せだった。気がする。

「ふむ……、にしても、出涸らし、なんて呼ぶのは少し気分が悪い。そうだな……。──セシリア」
「え?」
「セシリアだ。今日から君の名前はセシリア」
「セシリア……」

 なんてきれいな響きだろう。
 こんなにも素敵な名前を頂けるだなんて。

「……」
「どうした? 気に入らなかったか?」
 あまりの感動にしみじみと心の中で何度もその名を口にしていると、黙りこくった私の顔をオズ様がのぞき込む。

「良い名前じゃない。あんたのネーミングセンスよりずいぶん良いわ」
「そうだね、オズは名づけのセンスはあるからね、料理は不味いけど」
「ほっとけ」

「あ、いえ!! とってもきれいな音の名前で……うれしくて……。でも、そんな名前を頂くのが私なんかでいいのでしょうか?」
 
 そういう綺麗な名前は、聖女であるお姉様の方がふさわしいのではないだろうか。
 そう考えると、ずしんと心が重くなる。

「いい。これは君だけの名だ。セシリア、これからよろしく頼む」
「私だけの……。はい……!! 不束者ですが、どうぞよろしくおねがいします、オズ様!!」

 私が顔をほころばせると同時に、なんだか瞼が重くなってきた。
「ふぁ……」
「ふむ、効き始めたか」
 近くにいるのに遠くの方で声がするように聞こえる。

「セシリア。ゆっくり眠れ」

 そう、誰かの低く落ち着いた声が耳に届いて、私の意識は深い夢の中へと沈んでいった。
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