来世に期待します〜出涸らし令嬢と呼ばれた私が悪い魔法使いに名を与えられ溺愛されるまで〜
「今日もオズ様は朝から?」
「うん。王都に行ってるよ。今日は書類を取りに行くだけだから、すぐ帰ってくるさ」
トレンシスに帰ってから一週間。
オズ様は毎日のように王都とトレンシスを往復している。
何かお仕事があるんだろうけれど、それが何なのかは知らされていない。
「それより見てこれ」
そう言ってカンタロウが興奮気味に見せてきたのは、一本の酒瓶。
「これ……」
「よく見て。このラベルのところ!!」
言われてラベルをよく見てみると、そこには『トレンシス産』の文字が──。
「約束……守ってくださったんだわ……!!」
約束の紋様がついていた私の手の甲は、いつの間にか紋がなくなり、元の何もない状態に戻っていた。
これできっと、領収も増えるわ……!!
「王太子も元気になって、少しずつ体力作りに励んでるみたいだし、王太子が健康な体になるのも時間の問題ね。これもセシリアのおかげだわ」
「そんな、私は大したことは……。お酒がこんなに人気なのはトレンシスの町の人達の力だし、王太子殿下が健康的な身体になりつつあるのは、殿下がしっかりと体力づくりをしているからだわ」
私がトレンシス産にできるようにかけあったとしても、お酒が人気でなければ意味はない。
王太子殿下にしてもそうだ。
いくら私が助言をしても、それを実行しなければ望みはなかった。
どちらも、頑張った人がいるからだ。
「もう、セシリアは……」
「そんな謙虚さが、君の魅力なんだろうね」
二匹が呆れたように笑ったその時──。
ゴンゴンゴンッ!!
玄関ホールから扉を叩く音が響き渡る。
「誰かしら?」
ドルト先生?
でもドルト先生だったらまずノックなんかしないし……町の誰かかしら?
「……この匂い……。……セシリアはここにいて。私が出るから」
神妙な面持ちでカンタロウが言うと、人型に変身してから玄関ホールへと歩いて行った。
一体どうしたのかしら?
カンタロウの鋭く尖った目が妙に気になる。
耳をすませてみると聞こえてきたのはよく知った声──。
“あれを出せ!! うちの子だぞ!!”
“だからあれなんて人、存じ上げません!!”
“あぁもうっ!! 公爵様は!? 公爵様を呼んで!! 侍女では話にならないわ!!”
”はぁ!? ちょ、ちょっと!?“
足音がどんどんこの広間へと近づいてくる。
そして──バンッ!!
「ここか!?」
乱暴に開け放たれたドア。
入ってきたのは──「お父様……。お母様……」
私の、父と母……。
ずかずかと入ってきた中年の男と女に、私は思わず後ずさる。
「あぁ……!! こんなところに……!! 会いたかったぞ!!」
「まぁまぁ!! あぁよかった……!! 探したのよ!?」
会いたかった?
探していた?
本当に?
「公爵様が保護してくださっていたのなら、早く連絡をくださればよかったのに!!」
「あぁそうだ。まさか娘の無事を噂で聞くことになるとは!! 若い公爵様だ。すぐに家へ帰すという判断ができなかったのか」
「おおかた、下働きとして都合よく働かせるために黙っていたのね」
「違う……」
「え?」
我が物顔で屋敷に入ってきたうえ好き勝手に言い始めた父母に、私は否定の言葉を紡ぐ。
「オズ様は、そんなこと考えてない!! オズ様は、私のことを助けてくれた人です。住む場所も、暖かいベッドも、服も、オズ様が与えてくれた……!! 何も持たなかった私に光をくれたのは、オズ様です──!!」
初めてかもしれない。
父母に自分の気持ちをぶつけるのは。
だって逆らったら、痛みが私を襲うんだもの。
痛みは怖い。苦しいのは嫌だ。
でも、どうしてもここは譲れない。
黙っていたくない。
「何を言って……。とにかく、帰るぞ。ローゼリアがお前がいなくなったことで気を病んで、部屋から出て来んのだ!!」
「そうよ。ローゼリアが聖女じゃないだなんて変な噂まででできて困っているの。何とかなさい!!」
あぁ、結局はお姉様のため。
いつも私は、両親の二番にすらなれない。
「さぁ行くぞ!!」
「っ、いや!!」
私の手をお父様が無理矢理つかみあげ、部屋から引きずり出そうとしたその時。
「うちのセシリアに触れるな」
「!!」
底冷えのする低い声。
「オズ様──!!」
いや、これは……鬼だ。
この顔は人一人殺してそうな鬼の顔だ。
「こ、これはこれは公爵様!! いえね、私どもは娘を返してもらいに」
「娘? 俺はその娘に今までおまえたちがしてきたことを知っているが……本当に娘だと?」
「ぐ……」
言葉に詰まるお父様とお母様。
きっとその私に今までしてきたことを、彼らはよく理解しているのだろう。
悔しげにゆがめられた顔がひどく醜く感じる。
「きょ、今日のところはこれで帰ることにしましょう。だが一週間後の聖女を称える会には、ローゼリアの妹も必ず出席するよう、殿下からのお達しだ。必ず出るように」
それだけを言い残すと、父と母はまた大きな足音を立てながら部屋を出ていった。