来世に期待します〜出涸らし令嬢と呼ばれた私が悪い魔法使いに名を与えられ溺愛されるまで〜
誰もいないダンスホールの真ん中に、二人向かい合って立つ。
「セシリア嬢。俺と踊っていただけますか?」
ひざまずいて私の手を取るオズ様は、絵本の中の悪い魔法使い、というよりは王子様のようで、胸が大きく高鳴る。
「は、はいっ、よ、よろしくお願いしまっしゅ……!!」
……噛んだ。
私のおバカ。
「ふっ、何だそれ。足踏んでも文句言うなよ。俺も家族以外と踊るのは初めてなんだ」
そう言って笑ったオズ様につられて、私も緊張で固まっていた頬を緩めた。
私がオズ様の手に自分の手を重ねたのを合図に、音楽隊がワルツを奏で始める。
1,2,3,1,2,3……。
心の中でルーシアに教わったリズムを刻みながら、まっすぐにオズ様を見上げる。
ライトに照らされながら優雅に踊るオズ様がとても美しくて、思わず息をするのも忘れそうになってしまう。
「ん? どうした?」
「あ、いえ……綺麗だなぁと思いまして……」
「は?」
しまったぁぁあああ!!
つい口から本音が……!!
えぇい、もう遅い!! 開き直ろう!!
「そ、その……オズ様がとっても綺麗で、見惚れていました」
「!?」
私が開き直ってそう暴露した瞬間、オズ様の顔がボンッと赤く染まった。
なんだこれ、可愛い。
「ごほんっ。……綺麗なのはセシリア、君の方だ。ドレスも、髪も、良く似合っている」
まっすぐに向けられた言葉に思わず頬が熱くなる。
「あ、ありがとう……ございます……」
改めてほめられるとすごく恥ずかしい……!!
褒められ慣れていない私には免疫がないのだ。
「見てみろ。他の貴族たちも踊り始めた。だが皆、君を意識しているようだな。あの美しい女性は誰だ、とな」
そう言われて周りを見渡せば、私たちが踊り始めたのを合図にほかの貴族たちも続々とホールに進み出始めていた。
そしてちらちらとこちらを見る人々の目。
いやいやいや、絶対オズ様を見てるのよこれ!!
私を見ているとすればそれはきっと物珍しさからだ。
ただでさえオズ様は美しい。
美しさと、近寄ってはいけないと思わせる赤い瞳が危険な魅力を醸し出している。
そんなオズ様が踊っている相手は、社交界にも出ることのない見知らぬ女。
気にならない方が無理、というものよね。
「モテる男は大変ですね、オズ様」
「完全に人ごとだな……」
そんな誰もが見惚れてしまうほどのお方とダンスを踊れるだなんて、私は幸せ者だ。
キラキラとした夢のような時間が過ぎて、ワルツが終わり、拍手が巻き起こる。
私たちに向けられたそれに、私とオズ様はそろって頭を下げた。
こんなに注目されるなんて思ってなかった……!!
心の準備ができていない私は、震える手を隣のオズ様の腕にそっと添えてきゅっと握る。
「セシリア?」
「あ、すみません。緊張がピークで……」
「……大丈夫だ。俺につかまっていろ」
「は、はいっ」
オズ様のぬくもりが私を落ち着かせてくれる。
まるで精神安定剤のようで、身体の力がふっと抜けるのがわかった。
さすがに婚約者でもない人と続けて踊ることはできないので、ダンスホールから外れて壁際に向かって歩き始めた、その時だった。
「あらぁ……主役がまだなのに、もう一曲目が終わってしまっただなんて」
おっとりとしながらも棘のある声がホールに響いた。
「お姉……様……」
桃色の豪華なドレスをまとい、金の髪をふわふわと揺らしながら会場に入ってきたのは、数か月ぶりにお会いするお姉様。
隣では王太子殿下がエスコートをして、二人の後ろをお父様とお母様が闊歩する。
「あら?」
「!!」
まずい、お姉様と目が合ってしまったわ……!!
お姉様としっかりがっちり目が合って、王太子殿下も私たちに視線を移すと、二人そろって私達の方へと足を向けた。
く、来る……!!
不安で思わず身体に力が入る。
そんな私の頭上に、ぽん、と大きくて暖かい手が触れた。
「大丈夫だ。俺から手を離すな」
「オズ様……」
そうだ。大丈夫。
私は──もうあきらめて膝を抱えるだけの私じゃない。
オズ様の助手。
トレンシスの──セシリアだ。
私はまっすぐに向かってくるお姉様たちへと視線を向け、その時を待った。