来世に期待します〜出涸らし令嬢と呼ばれた私が悪い魔法使いに名を与えられ溺愛されるまで〜
「やぁオズ。来てくれてありがとう」
「あなたのために来ているわけではないがな。公爵家としての務めだ」

 オズ様といると度々冷や汗に見舞われるのはなぜだろう。
 こういう物言いをしてもいつものことなのか、皆様にこやかに返されるんだから、慣れって恐ろしい。

「はっはっは。相変わらずだな」
 そう言って爽やかに笑った殿下の瞳が、今度は私に向けられた。

「あなたがセシリア、だな。私の病を治してくれて、ありがとう。あなたのおかげで、私は命を落とすことなくこうして今ここにいる。それに、助言のおかげか、最近は体力がついてきて疲れにくくなってきたんだ。本当に、何と礼を言っていいのか……」

「い、いえ!! 私は、何も……」

 あぁもう私の話題はやめて!!
 隣のローゼリアお姉様の笑顔が怖いから!!

「だが、ここにいるローゼリアも、石に選ばれた聖女。あなたの力はいったい何なのか……。もしくは聖女が二人いるというのか、今王都ではこの話題で持ちきりになっている」

 ですよねー……。
 正直、私のことは放っておいてほしい。
 けれど、王家としてはそうはいかないんでしょうね。

「今日はあなたの力を調べたいと思っていたんだが……昨夜、測定石が何者かに持ち出されてしまったようでな……。判定することができないのだ」
「持ち出された?」

 測定石は神殿で保管されていて、神職として登録されている人間でないと保管場所に入ることができない。
 ということは、神職の誰かが……?

「今、神殿のものは全員神殿での謹慎を言い渡している。調査が終わるまで、な」
「まぁ怖い。オズ様、もしかしたらすぐ近くに賊が我が物顔で潜んでいるやもしれませんわ。お気を付けになって」

 お姉様の甘い声。
 それはいつも王太子殿下に向けられるものよりもはるかに甘く、お姉様の気持ちがどこに向いているのかが嫌でもわかる。
 あぁ、やっぱり、もやもやする。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、オズ様は私の頭をそっと撫でると、不機嫌そうに眉をしかめてお姉様に向き直った。

「気安く名前で呼ばないでいただきたい。が──そうだな。すぐ近くにいるかもしれない、というのは、俺も同意見だ。気を付けるに越したことはない。うちのセシリアに何かあったら……俺はその危害を加えたやつをどうするかわからんからな」
 そう言ってオズ様の手が私の肩を抱いて、自分の方へと引き寄せる。

 ち、近い……!!
 いやいやいや!!
 何を戸惑っているのセシリア!!
 イチャラブ大作戦するんでしょう!?
 オズ様が作戦を決行してくれているというのに、私が乗らなくてどうするの!!

 私は意を決して私の肩を抱くオズ様の手に自分のそれを重ねると、オズ様に向けて微笑んだ。

「っ……!?」
「(イチャラブ大作戦、了解です、オズ様!!)」
 このアイコンタクトで私の意思はきっと伝わっただろう。

「そ……そう、ですか。でも公爵様、その子はうちの出涸らしちゃんですのよ? 私の可愛い可愛い──妹の。セシリアなんて名前ではありませんわ」

 可愛い妹だと言いながらも、セシリアという名を否定しながらも、ローゼリアお姉様は私の名を呼ぶことはない。
 それが答えだ。

 あの時の言葉を聞いてから、現実を直視してしまってから、姉への感情は無になってしまった。
 優しいのではない。
 ただ都合のいい道具として使い続けるために、優しい皮をかぶっていただけ。
 ただ私の名を、忘れ去ってしまっただけ。

「妹? あぁ、生まれは、そうかもしれんな。だが、勘違いしないでいただこう。彼女はもうフェブリール男爵家の人間ではない」

 え……?
 フェブリール男爵家の人間じゃ、ない?

「なっ、何をおっしゃっていますの!?」
「これはうちの──」

「その件については私が話そう」
 父母の焦ったような言葉を、落ち着いた重厚な声が遮る。

「陛下」
 王座からゆっくりとこちらへ向かってくる陛下に、誰もが戸惑いながらも頭を下げる。

「彼女は我が息子クリストフの病を一瞬で治し、そのうえ、その後の状態回復への助言までも適切に行ってくれた。そのおかげでクリストフは今、健康な身体になりつつある」
 陛下の言葉にクリストフ王太子殿下がにっこりと私に向けて微笑む。

「これだけのことをしてくれたセシリア嬢だが、自身の望みはなく、ただただトレンシスを一つの町として認めるようにという、他者のためになることだけを望まれた。もちろんトレンシスのことは前国王の非を認め、地図に記載し、これまで王都産としていた酒の産地をトレンシス産として認めることにしたのだが……それは当然になされるべきことだったもの。本来なら私が進んで成すべきことだったのだ」

「陛下……」

 皆の前で前国王の非を認めるということが、国王としてどれだけのものだったか……。このざわめきを聞けばわかる。
 それを臆することなく言ってのけた陛下は、やっぱり思慮深く勇敢なお方だ。

「そこでな、私はオズに尋ねたのだ。セシリアのためになる望みはないのか、とな」

 私のためになる、望み?
 私がオズ様を見上げると、綺麗な赤い瞳と視線がぶつかり、オズ様がゆっくりとうなずいた。
 まるで大丈夫だ、と言っているようで、どこか安心感を覚える。

「そして二人で話し合った結果……。セシリアをフェブリール男爵家から強制離縁をさせ、個人爵位を与えるということになったのだ。今のセシリアはセシリア・サンクラウン女伯爵。フェブリール男爵家の人間ではない」

 へ……?
 女……伯爵?
 私が?
 初耳なんですけど……!!

「そ……そんな、親の承諾もなく……!!」
「親? お前たちがセシリアをどう扱っていたか、俺の魔法の鏡で陛下に見せたが、それをこの場で映し出そうか? あれは家族へ向ける扱いではなかったぞ? それでもこの場で見せても良いと?」

 冷え切った鋭い瞳が父母へ向き、オズ様が周りの人間には聞こえないくらいの小さな声でそう言うと、父や母、姉から顔の色が無くなった。
 本人たちもあれはまずい扱いなのだという自覚があるんでしょうね。

 まともな人間ならば、耐えられない扱いだもの。
 ただ盲目的に父母や姉を信じていたからこそ、愛されると信じていたからこそ耐えられた扱いだ。

「っ……わかりました。陛下にはご迷惑をおかけいたしました。さぁローゼリア。いつまでもここで話している暇はない。今日は聖女を称える会。皆がお前を待っている。ご挨拶しに行かなければ。それでは陛下、私たちはこれで」

 不躾にもそれだけ言って、父母は呆然とする姉を引きずるようにしてこの場から逃げるように去っていった。


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