来世に期待します〜出涸らし令嬢と呼ばれた私が悪い魔法使いに名を与えられ溺愛されるまで〜
「つい口を出してしまって、すまなかったな」
 陛下のビー玉のようなきれいな瞳が私に向けられる。
「ぁ、いいえ!! あの、ご配慮いただき、ありがとうございます」
 私はスカートの端をつまむと、ルーシアに鍛えられた淑女の礼を取った。

「セシリア嬢。先日のお礼と共に、今までの非礼を詫びさせてほしい。本当に、すまなかった」
 私に向けて頭を下げる王太子殿下に、私はあわてて首を横に振る。
「あ、あの、えっと、非礼だなんてそんな……」
「王太子の詫びは当然だ。君の扱いに気づいていながら、それをおかしいという判断ができずに無視し続けてきたんだからな。だから君は、詫びについて恐縮しなくてもいい。受け入れなくてもいい。むしろ一発殴っても……」
「しませんからねオズ様!?」

 もういい加減不敬罪で捕まるからやめてぇぇえ!!

「はっはっはっは!! オズは本当に核心を突くな。セシリア嬢、オズの言うことは正しい。私の目が曇っていたばかりに、あなたにつらい思いをさせてしまった。殴るなり蹴るなりして……」
「しませんからっ!!」

 はっ!!
 ついオズ様への対応と同じように返してしまったわ……!!

「相変わらず面白い方ですね、セシリアは」
「!?」
 すぐ後ろからふんわりと柔らかい声がして、振り返るとそこにはにっこりと笑顔を携えたお師匠様の姿が。

「師匠、来ていたのか」
「お師匠様、お久しぶりです」
「えぇ、二人とも元気そうで何よりです」
 あぁ、さっきまでの殺伐とした空気が嘘のようだわ。
 穏やかなお師匠様の笑顔に心が穏やかになっていく。

 突然のエルフの登場にざわめく会場。
 そして国王陛下が前に進み出ると、お師匠様に向かって腰を折った。

「エルフの大賢者リュシオン様。お越しいただき、ありがとうございます」
 陛下に続いて王太子殿下も頭を下げる。
 お師匠様ってそんなにすごい人だったのね……。

「本来なら人間のごたごたに触れることはありませんが、今回は私の愛弟子たちが絡んでいることですからね。特別です」
 そう微笑むと、お師匠様は私とオズ様の頭を優しく撫でた。

「やめろ。で、何で師匠がここに?」
 頭を撫で続ける手を振り払いオズ様が不機嫌そうに尋ねると、お師匠様はくすくすと笑って答えた。

「えぇ、なんでも神殿で測定石の盗難があったとか。そして今日は聖女を称える会という奇妙な会で、聖女と言われる二人を呼ぶので、ぜひ測定をしてもらいたいと知らせをもらいまして。その一人はうちの愛弟子セシリアでしたし、行ってみようかな、と思いまして」

 緩い……!!
 エルフは基本人間界のことについては不干渉。
 それでも来てくれたって言うことは、お師匠様なりに心配してくれてる、ってことなのよね、きっと。

「ありがとうございます、お師匠様」
「いいえ、どういたしまして。でも、良いですか? 私がこの場で、認定を出してしまっても」

 今まではお姉様のことを考えて、絶対に知られてはならないと思っていた。
 でも──。

「もう、いいです」
 もうあきらめない。
 もう我慢しない。
 私を認識しない人のために私が犠牲になることなんてない。

「そうですか……。よく決断しましたね。では──」
「セシリア!!」
「!!」

 お師匠様が私の額に手をかざそうとしたその時、聞きなれた大好きだった人の声が初めて私の名前を呼んだ。

「お姉……様……なんで……」
 挨拶に向かわれたはずのお姉様が、二つのグラスをもって立っていた。

「セシリア、というのよね、今は。……今までごめんなさい。私、あなたのことを愛していたのに、あなたのこと、大切にしてあげられなくて……」
「お姉様……」
 お姉様の綺麗な青い瞳に涙が浮かび、一粒の涙が頬を伝った。

「お父様やお母様をもっと強く窘めればよかったのに……。私、なにもしてあげられなかった……。本当に、本当にごめんなさい……!!」
 もっと強く窘めれば?
 何もしてあげられなかった?

 それらは全部、責任のなすりつけだ。
 懺悔しているようで自分は何もしていないことを強調しているだけの言葉。
 信じることなんてできない。
 その場しのぎの、ただのショーだ。

 だけど──。

「……いいえお姉様。お姉様は私をかばってくださいましたもの。私……怒っていませんわ」
 精いっぱいの笑顔を張り付ける。
 怒ってはいない。
 でも、失望はした。
 それ以上に、もう関わりたくないんだ。
 だから適当に終わらせて、さよならしたい。

 私の返答に安心したようにお姉様は「ありがとう」と頬を緩めた。

「あ、そうだわ、これ。向こうに美味しそうなカクテルがあったの。アルコールは入っていないものみたいだから、良かったら飲んで。あなた、こういう場は初めてでしょう?」
 そう言ってローズピンクの綺麗なカクテルを私に手渡すお姉様に、私は心を無にして「ありがとう、お姉様」と当たり障りなく返してから受け取る。

「あなたの新しい門出に」
「お姉様の幸せに」

 私たちは互いに、おそらく思っていないであろうことを口にすると、手にしたカクテルを掲げた。
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