来世に期待します〜出涸らし令嬢と呼ばれた私が悪い魔法使いに名を与えられ溺愛されるまで〜
「あなたの新しい門出に」
「お姉様の幸せに」

 私たちは互いに、おそらく思っていないであろうことを口にすると、手にしたカクテルを掲げた。
 そしてグラスを口につけようとしたその時──。

「こんなところにいたのね、オズ!!」
 お姉様のものとは違う甲高い声がして、私はグラスを下ろして声のした方へと視線を向けた。

「もうっ!! 私が来るまで待っててって言ったのにー!! お父様の意地悪っ」
 そう言って頬を膨らますのは、ルヴィ・フォン・アーレンシュタイン王女殿下。

 ぐるぐると巻かれた明るい金色の髪。
 少しばかり釣りあがった大きな青い瞳。
 たくさんのリボンと宝石があしらわれた豪華なドレスは、この会の主役であるお姉様よりも主張が激しい。

 ルヴィ王女はまっすぐにオズ様のところまで進むと、私がいるのとは反対側のオズ様の腕へ自身の細い腕を絡ませた。

「オズ、お久しぶりね。迎えに来てくれたらよかったのにぃ」
「なんで俺が迎えに行かなければならない? パートナーではないあなたを」
「あら相変わらずね。でもそんなオズもカッコいいわ!!」

 オズ様の辛辣な言葉が効かないどころかむしろうっとりとオズ様を見上げるルヴィ王女に、私は思わず言葉を失う。

 それと同時に、胸にもやもやとしたものが沸き上がる。
 なんだかとっても気持ち悪いわ。

「ねぇオズ、踊りましょ」
「これルヴィ、控えていなさい」
「あら、良いじゃないお父様。オズはなんだかんだいつも付き合ってくれるんだし」

 オズ様の腕を引くルヴィ王女を陛下が窘めるも、王女にはどこ吹く風。
 まるで自分の要求は必ず通ると知っているかのよう。
 だけどそれもそうなのかもしれない。
 オズ様はこれまでも、なんだかんだと呼び出しに応じて相手をしているんだから……。

 もやもやもやもや。
 気持ち悪い。
 あぁそうか……嫌なんだ。
 オズ様が私以外に微笑みかけるのが。
 私以外と踊るのが。
 私以外の手を取るのが──。

 やっとわかった気がする。
 このモヤモヤの正体。
 だけど、ここで私がわがままを言うのは……オズ様に迷惑をかけてしまう。

 私はそっとオズ様から一歩、距離を取る。
 すると、オズ様の右手がすかさず私の手をとらえた。

「!?」
「ルヴィ王女。俺があなたと踊ることはできない。踊るなら──婚約者と踊りたいのでね」

「婚約者ですって!?」
 婚約者!?
 ルヴィ王女が声と私の心の声が重なる。

 どういうこと!?
 婚約者って……え、私!?
 いつ婚約した!?

「なっ……」
「そういうわけで、もう個人的な呼び出しに応じることはない。愛する婚約者を不安がらせたくないのでな」
 そう言って愛おしそうに私を見下ろす赤い双眸。

 きゃ……キャパオーバーなんですけどぉぉおお!?

「っ……嘘よ……私のオズが、こんな……っ。そうよ、これは夢よ!! 夢ならたくさん飲んで忘れるしかないわ!! お貸しなさいっ!!」
 そう言うとルヴィ王女は先ほど私がお姉様から受け取ったカクテルを奪い取ると、それを一気に飲み干した。

「なっ!! 何てこと……!!」
 お姉様が声を上げ、顔を真っ青にして後ずさる。

 なに?
 どうしたっていうの?

 瞬間、ルヴィ王女の顔色が変わった。

「うぐっ……っくっ……あぁっ……」
 顔を青白くさせ、首を両手で抑えて苦しみ始めると、ルヴィ王女はその場に力なく倒れた。

「!! ルヴィ!!」
「ルヴィ!! 誰か!! 医師を!!」

 国王陛下が医師を連れてくるように指示し、倒れるルヴィ王女に気づいた人々が声を上げ、辺りは騒然となる。

 口元から流れるピンク色の泡。
 これは……毒!?

「っ……この泡の色……!! ローゼリアの花の毒か!!」
「ローゼリアの花の!?」
 私は会場の至る所に飾り付けられたローゼリアの花へ視線を向ける。
 そうか……ローゼリアの花は美しいけれど、棘には強力な毒があるってオズ様の屋敷の本で読んだわ……!!
 まさか……。

 ちらりとその場でガタガタと震えるローゼリアお姉様へと視線を向けると、お姉様はぶつぶつと呆然と独り言をつぶやき続けていた。

「違……。なんで……私はルヴィ王女じゃなくて……あの子を……」
 あの子……?
 まさか……本当の狙いは──私だった……?

「セシリアの治癒能力を使うといっても、ローゼリアの毒は特殊だ。先に解毒をしておかねば、体内に毒を飼ったまま、生死の綱渡りは続くことになる」
 眉を顰めてそう言いながら、オズ様は魔法で蔦を出現させると、ローゼリアお姉様をぐるぐると縛り上げた。

 解毒、っていっても、オズ様だってさすがに四六時中薬茶を持ち歩いているわけではないし、お医者さんが来るまでルヴィ王女が持つかどうかあやしい……。
 このままじゃルヴィ王女が……。

 いいじゃない、そのままにしておいて。
 私は悪くないわ。
 ルヴィ王女が勝手に私宛の毒を奪って勝手に飲んだだけ。
 オズ様を困らせるルヴィ王女だ。
 いなくなったって……。

 そんな声が脳裏に響いた気がした。
 ルヴィ王女がいなくなれば、オズ様を取られることはない。
 ずっと一緒にいてくれる。
 だけど──。

 駄目だ。
 だって私は、お師匠様に誓ったもの。
 二代目の聖女のように、争いに加担することのない聖女になるって。
 初代聖女のような、皆を幸せにする聖女になるんだって。

 私は真っ黒い意識を首を振って霧散させると、すぐにルヴィ王女の上半身を抱き上げ、気道を確保させる。
「ルヴィ王女、しっかりしてください!!」
 人間、死んでも聴力はしばらく残るのだと聞いたことがある。
 まだ死ぬまで至っていないルヴィ王女にもきっと、聞こえているはず。

「生きてください!! お医者様がすぐに来られますから!! 解毒をしたらすぐに治癒魔法をかけます!! だから頑張って!!」

「セシリア……」

 どんどん王女の呼吸が浅くなる。
 息がかすれて、冷たくなっていく。
 だめだ……このままじゃ……!!
 私が再び声をかけようと口を開いた刹那──。

「おぉーっと、こんなところにセシリアの葉がありますね。あぁそうか、エルフの里から持ってきてしまったようです」

 わざとらしい声が響いて、お師匠様が私に向けてひらひらと、白く輝く美しい葉を見せていた。

「セシリアの……葉……?」
 私と同じ名前……。
「!! これだ!! セシリア!! これをルヴィ王女の口に!! 強い解毒の力がある!!」
 オズ様がすかさずそれを奪い取ると、その美しい葉を私に手渡した。

「解毒の力……!!」
 それを受け取ってお師匠様を見上げると、お師匠様はにっこりと私に向けてウインクを一つ落とす。

「ありがとうございます、お師匠様!!」
 お師匠様に礼を言うと、私は受け取ったセシリアの葉を細かくちぎって、ルヴィ王女の口の中へと入れ、オズ様が近くにあった水を手にすると、ルヴィ王女の口に少しずつ含ませた。
 すると──。

「けほっけほっけほっ……!!」
 大きく咳き込みながらも、青白かった顔は通常の色へと戻り始める。
 体温も少しずつ上昇して、冷たかった頬がぬくもりを取り戻した。

 よかった……。
 解毒成功したみたい。

「セシリア、治癒魔法を」
「はいっ!!」

 私は自分の中の幸せな記憶を呼び起こすと、沸き上がった暖かい魔力をルヴィ王女へと流し込んだ。
 キラキラと光の粒子が集まってルヴィ王女の身体を包み込む。

 浅い呼吸がゆっくりと安定し始め、虚ろながらにその青色の瞳が開いて私をとらえた。

「あなた……」
「もう大丈夫ですよ」

 安心させるように微笑むと同時に、あわただしくホールに入ってきたのは城のお抱え医師の集団。

「解毒をして治癒魔法をかけました。もう大丈夫だとは思いますけど、一応もう少し水分をしっかりと摂って、ゆっくり寝かせてあげてください」
 私はそう言ってルヴィ王女を医師に任せると、立ち上がってオズ様に視線を移す。
 するとオズ様も私を見て、優しく微笑み、たくさんの人がいる中で私の頭をそっと撫でた。

「よくやった。セシリア」
「~~~~っ、た、たくさん人がいます!!」
「良いだろう? 減るもんじゃない」
「減ります!!」
 何かが!! 確実に!!

「ふっ。減ってもちゃんと元に戻すから安心しろ」
 甘い……オズ様が甘いわ……!!
 まさかついに食べ過ぎてチョコレートタルトになったんじゃ……!?
 そんなバカなことを考えている間にも、医師たちによってルヴィ王女は医務室に運ばれ、騎士達によってお姉様は連行されていった。

 力なくうなだれながら抵抗する様子もなく連れていかれるお姉様を、青い顔をしてお父様とお母様が見送る。
 これから彼らがどうなったとしても、私はもう、気にしてはいけない。
 だって私には、もう関係ないのだから。

 そんなごたごたの中、聖女様を称える会は幕を閉じた──。


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