来世に期待します〜出涸らし令嬢と呼ばれた私が悪い魔法使いに名を与えられ溺愛されるまで〜
「……」
「……」
「……」
「……」
何でこうなった?
私は今、お城の客室のベッドの上に、オズ様と一定の距離を取って座っている。
本当なら今頃トレンシスに帰っているはずの私達だけれど、私を殺害予定だったのが結果的にルヴィ王女殺害未遂となってしまった今回の件の聴取で遅くなり、結局今夜は城の客室に泊まらせていただくことになったのだ。
「君たちは婚約者同士なんだろう? だったら同室でも良いよね?」
そんな王太子殿下の爽やかな笑みとともに用意されたのは、クイーンサイズのベッドのある客室一室。
つまり──……。
オズ様と同衾んんんんん!!!!
私たちは別々に入浴を済ませると、用意された夜着に着替えて、今に至る。
「……俺はソファで寝る」
「えぇ!? だ、ダメです!! オズ様が風邪をひいてしまいますし、身長のあるオズ様が小さなソファになんて寝てたら、身体が痛くなっちゃいます!!」
オズ様が風邪を召されるのも身体が痛くなるのも絶対嫌だ。
健康な身体で、元気に、皆の待つトレンシスに帰ってほしい。
「王太子殿下の誤解を解いて、お部屋をもう一部屋用意していただきましょう!!」
そうだ。
そもそもオズ様が私を婚約者なんてその場しのぎのウソをついちゃったからこんなことになっているのだし、あれは王女をかわすためのウソだって誤解を解けばどうにかなるんじゃ?
「っ、待て」
殿下に打ち明けに行こうと立ち上がった私の手を、オズ様がつかんだ。
「オズ様?」
眉を顰めて深刻な様子のオズ様に戸惑いながらも、再びオズ様の隣に腰を下ろす。
「……セシリア。あの場で勝手なことを言ってしまって、申し訳なかった」
そう言って神妙な面持ちで頭を下げたオズ様に、私はぎょっと目を見開く。
「ちょ、頭を上げてください!! わ、私、大丈夫ですよ!? その、ちょっと、いや、かなり驚いちゃいましたけど、あれがルヴィ王女対策のあの場しのぎのウソだってことはわかって──」
「違う!!」
「へ?」
私の声をさえぎって否定の声を上げたオズ様に、私は呆然と言葉をなくした。
「……たしかに、あの場でああ言ったのは王女をかわす目的があった。だが、気持ちは、ずっとあった」
「気持ち?」
「…………あぁ」
オズ様の赤い瞳が、まっすぐに私のそれに向かう。
あぁ、やっぱり──綺麗。
あんなにも不吉だと罵られ続けた赤い瞳が、オズ様を見ていると『なんだ、とても綺麗じゃないか』と誇らしく思えてくる。
それほどまでにオズ様の目は、美しい。
そしてオズ様は、耳まで顔を赤く染めると、ゆっくりと口を開いた。
「……セシリア。俺は君が……好きだ」
「!?」
好き?
私、を?
聞き間違い、じゃ……ない?
目の前で真っ赤に染まった真剣な顔を見れば、聞き間違いでも冗談でもないことがすぐにわかった。
「あ、あの……なんで……」
「……最初はただ、放っておけなくて……。なのに一緒に過ごすうちに、死することを求めるくせに妙に前向きで、困難があっても打ち破っていく強さに、気づかないうちに惹かれていた。気づけば目で追って、逸らせなくなった」
あぁ、そうだ。
私……来世にしか期待していなかったんだ。
それなのにいつの間にか、今を幸せだと感じていた。
まる子がいるから。
カンタロウがいるから。
トレンシスの町の人達がいるから。
オズ様が、いるから──。
オズ様がいなかったら、たとえまる子たちがいても、私は今を見ていない。
代わりのない、オズ様がいたから。
「そうか……」
「ん?」
「オズ様、私も、オズ様の事が好きみたいです」
あまりにも淡々と告げてしまったその言葉に、オズ様が私を見たまま動きを止めた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「…………はぁっ!?」
動いた!!
え、何、私そんなに変なことを言ってしまったかしら?
「そ、それはあれか? うちに住まわせているから懐いたとか、そういう……」
「違います!! 確かにオズ様は家族で、まる子やカンタロウ達も家族で、大切で、大好きです。でも──。他の女性と一緒になったところを想像してもやもやしたり、悲しくなってしまうのは、オズ様にだけで……。来世に向かう前に見るのは、オズ様のお顔が良い。ううん。来世になんか急いで向かうより、一秒でも長くあなたの傍にいたい。そう思うのは、オズ様にだけなんです」
あんなにも焦がれていた来世が、今は二の次だ。
私にそう思わせるほどに、今が、オズ様が愛おしい。
「ペット枠じゃ嫌です。私を、オズ様のパートナー枠にしてほしい」
やっぱり聞き分けの良いペットにはなれそうにない。
とても強欲で、自分本位なのだもの。
「ペット枠って何だ。まったく、君は本当に……。時々妙な発想に至るのに、俺なんかよりもよっぽどいざという時どっしりと構えているな」
ふっ、と笑って、オズ様はベッドから立ち上がると、私の目の前にひざまずき、私の手を丁寧にとった。
「セシリア。俺に君の今世での時間を一緒に過ごさせてはもらえないだろうか? 来世に期待する前に、今世を、俺と生きてほしい」
真剣な赤の双眸が私を見上げる。
あんなに嫌いだったのに、今では自分のこの赤い目も悪くないものだと思う。
それはきっと、オズ様と同じだから。
この悪い魔法使いは、私のすべてを変えてくれたんだ。
だから──。
「はい、私でよかったら。私の残りの今世、オズ様と一緒にいさせてください。来世に期待するのは……そこからでも遅くないですもんね。……オズ様、約束してください。できるだけ長く、私より生きると。そして最後は私を、あなたが送ってください。幸せな今世から、幸せな来世へ──」
わがままだと思う。
残される側の気持ちがわからないわけではないのに。
でも──、私を送るのは、オズ様でいてほしい。
「あぁ。誰にも譲る気はない。いつかその命が途切れるとき、俺が必ず君を来世へ送ろう。──愛してる。セシリア」
そんなかすれたささやきと共に、私の唇に一つ、ぬくもりが落とされた。