来世に期待します〜出涸らし令嬢と呼ばれた私が悪い魔法使いに名を与えられ溺愛されるまで〜
番外編~その後~
『Q. 婚約をしましたが彼の態度が以前と全く変わりません。これって普通なんでしょうか?』
『A. 婚約をすれば互いをもっと知ろうとするのが一般的です。会話も増え、スキンシップも増えるでしょうが、それがないということであれば何か問題が起きている可能性があります。早急に何か手を打たなければ、最悪、婚約破棄ともなりかねないでしょう』
その手が知りたいんですけど!?
私、セシリア・サンクラウンは、女伯爵の爵位を与えられ、聖女として認定をされてなお、未だ変わらずオズ様のお屋敷で居候をしている。
あの騒動の後婚約した私達だけれど、特段変わったこともなく、ただいつもと同じ日常を繰り返していた。
薬草のお世話をして、ドルト先生のお手伝いをして、オズ様と町の皆さんの様子を見に行って、オズ様が書類のお仕事をしている間は出来上がった薬草茶葉に生魔法を付与する作業をする毎日。
特にこのところのオズ様は、トレンシスの産地明記解禁によっていろんな会議に出たり、書類に目を通したり、取引関係で何かとバタバタと忙しそうにされている。
「はぁ……」
私はルヴィ王女から送り付けられた恋愛ハウツー本をぱたんと閉じて、本日何度目かのため息をついた。
「どうした?」
「ひゃぁっ!?」
突然かけられた声に驚いて思わず持っていた本を落とし身体を跳ねあがらせる。
「お、オズ様!!」
「すまない、驚かせたか。……ん? この本は?」
「あぁぁぁあああああっ!!」
オズ様が落ちた本に手を伸ばした瞬間、私はあわててそれを奪い取るように拾い上げた。
あ、あぶなかったぁ……。
「ど、どうした?」
「いえ、な、何も……」
別にやましい本というわけではないけれど、恋愛ハウツー本なんて読んでいるのをオズ様に知られるのはなんだか恥ずかしい……!!
「? そうか」
「そ、それよりオズ様何かご用があったのでは?」
「あぁ、そうだった。セシリア、これから町に一緒に行かないか?」
一緒に、町に?
こ、これはもしかして……デートのお誘いというやつ!?
ハウツー本にも書いてあったわ。
お付き合いを始めた男女は、デートをして親交を深めるのだと……!!
今は投獄中のローゼリアお姉様も殿下とよくデートしていたし……。
せっかくオズ様が作ってくれた機会。逃す手はない。
「はい!! ぜひ!!」
「な、なんだ、そんなに張り切って。では、行くぞ」
私は気合を入れて返事をすると、若干引き気味のオズ様について町へと向かった。
***
にぎわうトレンシスの町の噴水広場。
太陽の光が水面にきらきらと反射して、思わず目を細める。
噴水の周りのベンチでは、恋人たちが買ってきたスイーツを食べ比べたり、手をつないで散歩をして仲睦まじい様子がよく見かけられるのだけれど──。
「あぁミト、どうだ? 祖母君の様子は」
「公爵様!! いただいた薬草のシップのおかげで、すっかり良くなりましたよ!! 医者嫌いのおばあちゃんには、やっぱり公爵様の薬草が一番だわ。本当にありがとうございました」
「よかった。もしまたひどく痛むようなら、引きずってでもドルトのところに行くように。すぐになんとかしてくれるだろう」
「はい。もちろんですともっ」
……。
「あら公爵様!! 昨日も視察にいらしたのに今日もだなんて、精が出ますねぇ。あぁセシリア様、ちょうどよかったわ!! これ、持ってって。今朝採れたキコの実よ」
「え、あぁ、いつもありがとうございます。またキコの実のパンでも作ろうかしら」
「セシリア様は料理上手ですものねぇ。たくさんおいしいもの作ってくださいましね」
「はいっ。ありがとうございます」
……あれ?
待ってこれ──デート?
ようやく気付いたその違和感。
これ、普段の視察と同じじゃない!?
手をつないだり一緒に食べ物を食べ歩きしたり、楽しくお話ししながら二人で過ごす……それがデートのはずだ。
でも今の私たちはどうだろう。
手をつなぐこともなければ、一歩オズ様から下がって少し距離を開けてついていく私。
おしゃれに着飾るわけでもなく、普段のドレスワンピースだし、弾んだ会話があるわけでもなく町の人の様子を確認していく……。
うん、普段と変わらない、これは視察だ。
私ったら、何一人で浮かれてたんだろう。
そう、ストンと自分の中で何かがおちて、途端に虚無感が私の中を支配する。
「ん? どうした、セシリア」
「あ、いえ、何でも、ないです」
心配そうに私の顔を覗き込むオズ様に、無理矢理笑顔を向ける。
「キコの実、たくさんいただきましたし、帰って早速お夕食の支度でもしますね。すみません、オズ様。視察の途中ですが、私は先に帰ってますね」
私はそう言うと、オズ様に背を向けキコの実を抱えたまま、屋敷へと戻っていった。
なぜだろう。
ぽかぽかと暖かい陽気だというのに、なぜだか右手が寒く感じた。