来世に期待します〜出涸らし令嬢と呼ばれた私が悪い魔法使いに名を与えられ溺愛されるまで〜
「……天才か……」
 頭を下げる私の頭上から、そんなつぶやきが降ってきた。

「────へ……?」

 なんて?

「確かに、治るまでの症状緩和と時間稼ぎをすることばかりで、広がりを防ぐということに注視しては来なかった。だが薬も時間も有限。特に年寄りや子どもは、強い症状が長引けば命が危うくなることもある。かからないよう防止することが大切だというのは一理ある。よし、至急布を口に当てて人と接するよう、周知していこう」

 嘘……決まっちゃった。
 私の、前世の知識による突拍子もない意見が……。
 オズ様、そんなすぐ人を信じちゃっていいのかしら?
 いつか悪い人に騙されたりしないかしら?

「言っておくが、俺は君のように騙されやすいわけではないし、君のように人間のことを信じやすいわけではないからな」
「!!」
 読心術!?
 さすが悪い魔法使い様……、そんな力まで──「ないからな、心を読む力なんか」

「……」
「……」
「……」
「で、ほかには?」
「はい?」
「ほかに何か、有効な手はあるのか? あるならば教えてもらいたい。頼む」

 そんな真剣なまなざしで、私なんかに教えを乞うなんて。
 私なんかの記憶で力になるなら……!!
 私は頼りない前世の記憶を懸命に手繰り寄せる。
 防疫……マスクと……手洗い、あとは……ぁ……。

「アルコール!!」
「アルコール? 酒か?」

 この世界ではアルコールといえば酒。
 医療に使うという概念はないから、不思議なのだろう。
 オズ様もミトさんもきょとんとした表情で私を見ている。

 魔法はあれど聖女にしか癒しの魔法は使えないこの世界で、医者は己の医療技術や薬を駆使して人を助ける。
 手術の際には眠り薬を使用し、アルコール消毒ではなく神殿で神官が作り出す浄化の魔石で浄化をする。
 ただ、この石を作り出す神官の魔力の質も低く、おまけに神官自体少ない。故にこの石はとてつもなく高価で、一般家庭に出回ることはなく、浄化石を使えるのは医師か高位貴族のみだ。

「お酒に含まれるアルコールには、消毒作用があります。ただし、家で料理に使ったり飲むような濃度の低いものではなく、それよりももっと濃度の高いものでないと効果はあまりありません」

 酒は普通に出回っているものだし、この世界の酒はあちらの世界のように最初から濃度を低く作っているわけではなく、高濃度のものを薄めて瓶詰めされる。
 なら、製造元で瓶詰めされる前のアルコール濃度の高いものも手に入りやすいだろう。
 そう高価なこともなく手に入るとは思う。……多分。

「ふむ、なるほどな……。よし、それなら酒蔵で手に入るだろう」
「え……」
 手に入るって、まさか恐喝とかしないよね?
 悪い魔法使いだけにそこらへん怪しいんだけど……。

「何を考えているかは知らないが、おそらく君の想像するようなことはないから安心しろ」
 じっとりと横目で私に視線を向けるオズ様に、「す、すみません」と小さくなる。

「はぁ……。この町の名産は酒なんだ。王都や周辺諸国にもたくさん流してるほどでな。だから、アルコールはもともとたくさんあるんだ。酒蔵の主人に言って、町の全員分を確保してみる」

 知らなかった……!!
 父がお酒が大好きでよく男爵領の隣の王都まで買いに行かされていたから、お酒には詳しいと思っていたけれど……でも、トレンシスという産地なんて聞いたことがない。

「ありがとうございます、公爵様。それにお嬢様も……!!」
「おじょ!?」

 そんな風に呼ばれたのはいつ以来か。
 まだ使用人がいた頃以来だから……もうずいぶん前になる。
 皆、元気にしているのかしら。

「セシリアはこれからも町に来ることがあるだろう。これからよろしく頼む」
「はい、もちろんです」
 そう頷いて私に笑顔を向けてくれたミトさんに、私もぎこちないながらに笑顔を作って、私たちはその場を後にした。

 それからすぐにオズ様は町の最北にある酒蔵へ行き、店主に事の次第を説明し、町の全家庭分のアルコールを分けてもらえることになった。
 町の人に魔法薬茶とアルコールを持って回りながら、防疫について説明をして回っている間にわかったことがある。

 オズ様は町の人々にものすごく慕われているということだ。

 クールな態度で決して愛想が良いというわけでもないのに、彼と接する領民は皆心からオズ様を信頼しているように見えた。
「ここまで親身にしてくれる領主様はオズ様ぐらいだ」
 皆口々にそう褒め称えた。

 確かにそうだ。
 こんなにも領民のために自ら行動に移す領主を、私は知らない。

 変わり者領主。
 でもそんな領主は、とても素敵で好ましいと思う。

「よし、これで民家は全部だな。よく頑張った」
 そう言って私の頭をポンポンなでる大きな手に、思わず顔が熱くなる。
「疲れたろう。ほれ、これでも食べなさい」
 そう言ってオズ様がマントの内側から取り出したのは、両端が絞ってある小さなピンクの包み紙。

「これは?」
「チョコレートだ。それ食べて、あともう一軒だけよらせてくれ」
「もう一軒、ですか?」

「あぁ。この町唯一の医師──ドルトの家だ」

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