「ちょ、俺が救世主!?」~転生商人のおかしな快進撃~

104. 奪いたい女

「グフフフ……、無様だな」

 いつの間にかアバドンが立っていた。

 俺は身体を起こしたが……、何も言う事が出来ず、ただ力なく首を振る。

「ガハハハ! もう、俺は奴隷じゃない、悪を愛する魔人に戻れた……」

 巨体を揺らしながら嬉しそうに笑うアバドン。その笑い声には、自由を取り戻した喜びが溢れていた。

「そうだ……、もう、お前は自由だ……。いろいろありがとう……」

 俺はゆっくりと言葉を絞り出す。過去の思い出と、もはや失われてしまった絆への感謝を込めて――――。

「強い者が支配する……、立場逆転だな。これからお前は俺の言う事を聞け!」

 アバドンが魔人としての正体を現す。その言葉には、有無を言わせぬ鋭さがあった。

「ははは、こんな俺にもう何の価値なんて無いだろ。そうだ、お前が殺してくれよ……それがいい……」

 俺はガックリとうなだれた。

 アバドンはそんな俺を無表情でジッと見つめる――――。

「死にたいなら望み通り殺してやる……。だが……、死ぬ前に一つ悪事を手伝え」

「悪事? こんな俺に何が手伝えるんだい?」

 俺は両手をヒラヒラさせながら自嘲気味に首を振った。

「女を奪いに王都へ行く、ちょっと相手が厄介なんで、お前手伝え」

 アバドンは俺をジッと見据える。

「女だって……? はっ! お前に奪いたい女なんているのか?」

 俺は鼻で嗤った。

「あぁ、銀髪の可愛い姐さんがね……」

 予想外の言葉に、俺の心臓が大きく跳ねた。

「銀髪……、えっ!?」

 俺は驚いてアバドンを見た。

「急がないと(あね)さんが危ない」

 アバドンの目は真剣だった。その真剣さに、俺に突如として希望の光が蘇る。

 自由になった魔人が、まさか何のメリットもない命がけのドロシー奪還を提案するとは――――。

 それは、全くの想定外だった。俺は唖然(あぜん)としてアバドンを見つめる。

「手伝うのか? 手伝わないのか?」

 アバドンはニヤッと笑う。その笑顔には、悪戯っぽさと共に、深い友情が隠されているように感じた。

「アバドォォォン!!」

 俺は思わずアバドンに抱き着く。男くさい筋肉質のアバドンの温かさが心から嬉しかった。その温もりは、失われた希望を取り戻す力を与えてくれる。

「グフフフ……、(あね)さんは私にとっても大切なお方……、旦那様、行きましょう」

 アバドンは分厚い手のひらでガシッと俺の肩をつつみこむ。

 俺は一筋の光明にオイオイと泣いた。その涙は、絶望の底から這い上がる決意と、友情への感謝の証だった。

 朝日が昇り、新たな一日が始まろうとしていた。俺とアバドンは、困難な道のりが待ち受けていることを知りながらも、共に歩み出す準備を始めた。ドロシーを救出する――その一点に、俺たちの意志が固く結ばれていた。


         ◇


 俺たちは部屋に入り、作戦を練る。窓から差し込む朝日が、二人の真剣な表情を照らしていた。

 しかし――――。

 ドロシー奪還計画は難航を極めた。何しろ相手は無制限の権能を持つ男。普通に近づいたら瞬殺されて終わりだ。その事実が、重い鉛のように二人の心に圧し掛かる。だから『見つからないこと』は徹底しないとならない。見つかった時点で計画失敗なのだ。その緊張感が、部屋の空気を張り詰めさせる。

「くーっ! 何だよこの無理ゲー!」

 俺は頭を抱えた。

「見つからなければいいんですよ、旦那さま」

「ヌチ・ギには隠ぺい魔法なんて効かないんだろ?」

「ガハハハ! そんな小細工効くわけないじゃないですか」

 アバドンは楽しそうに笑う。

 俺は首を振って立ち上がると、コーヒーを入れてブレイクを取った。

 追い詰められた時こそ、意識的に休憩を取らないと下手を打ってしまうものなのだ。

 俺は一口コーヒーをすすると大きく息をつく。

 窓の外には朝日に輝く御嶽山が静かにたたずんでいた。

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