「ちょ、俺が救世主!?」~転生商人のおかしな快進撃~

22. 危険な火遊び

 三年の歳月が流れ、ユータは十四歳になっていた。孤児院の傍に借りた工房は新たな活動拠点となり、日々商売に精を出す。

 評判が評判を呼び、武器を求める客が列をなす日々。かつての孤児院の倉庫では手狭になった彼の事業は、着実に成長を遂げていた。

 孤児院への寄付は続けながらも、ユータの財は膨れ上がっていく。経理や顧客対応に追われ、一人では手に負えなくなりつつあった。

 一方で、経験値の上昇は留まることを知らない。数千本に及ぶ武器が各地の冒険者たちの手に渡り、使用される度に彼に経験値が還元される。レベルアップの頻度こそ落ちたものの、数日に一度は確実に上がり続け、すでに八百を超えていた。一般の冒険者の十倍以上のステータス。その力は、もはや人知を超えつつあった。

 コンコン!

 扉を叩く音が響いた――――。

 剣の(つか)を取り付ける作業に没頭していたユータは返事をする。

「ハーイ! どうぞ~」

 振り返ると、そこには銀髪の少女、いや、もう若い女性と呼ぶべきドロシーの姿があった。十六歳になった彼女は、少女の面影を残しつつも、大人の女性への変貌を遂げつつある。

「ふぅん、ここがユータの工房なのね……」

 ドロシーの澄んだ声が、工房内に響く。

「あれ? ドロシーどうしたの?」

 俺は少し驚いて尋ねた。最近はめっきり会う機会も減っていたのだ。

「ちょっと……、前を通ったらユータが見えたので……」

 ドロシーの言葉には、何か言い淀むような雰囲気があった。

「今、お茶でも入れるよ」

 俺がが立ち上がると、ドロシーは慌てたように言った。

「いいのいいの、おかまいなく。本当に通りがかっただけ。もう行かないと……」

「あら、残念。どこ行くの?」

 俺は、綺麗におめかししたドロシーの姿に目を奪われながら尋ねた。透き通るような白い肌、大人の女性への変化を感じさせる佇まい――――。

「『銀の子羊亭』、これから面接なの……」

 さらりと流れるような銀髪を揺らすドロシーの言葉に、俺はモヤっとするのを感じた。

「えっ……、そこ、大人の……、ちょっと出会いカフェ的なお店じゃなかった?」

 以前聞いた悪い噂を思い出して、俺は眉をひそめた。

「知ってるわ。でも、お給料いいのよ」

 ドロシーはニヤリと笑う。

 俺はブンブンと首を振った。

「いやいやいや、俺はお勧めしないよ。院長はなんて言ってるの?」

「院長に言ったら反対されるにきまってるじゃない! ちょっと秘密の偵察!」

 ドロシーの目は、いたずらっ子のように輝いていた。

 俺はなんとか引き留めようとかける言葉を必死に考える――――。

 しかし、どんな言葉もドロシーの心には響きそうになかった。

 何しろ自分はドロシーの後輩でしかない。踏み込んだことを言う権利など何もない。

「ユータは行った事ある?」

 お気楽なドロシーの質問に、俺は慌てて否定する。

「な、ないよ! 俺まだ十四歳だよ?」

 ドロシーは真剣な表情で語り始めた。

「あのね、ユータ……。私はいろんな事知りたいの。ちょっと危ないお店で何が行われてるかなんて、実際に見ないと分からないわ!」

 ユータは思わず宙を仰いだ。若い子の火遊びは時に取り返しのつかない悲劇を生む。しかし、自分には止める権利もない。

「その好奇心、心配だなぁ……」

 俺はため息をついて肩を落とした。

「では、また今度報告するねっ! バイバイ!」

 そう言いながら楽しそうにドロシーは出て行った。

 その後ろ姿を見送りながら俺は不安で押しつぶされそうになる。あの日、襲われてたドロシーの姿がフラッシュバックしてしまう。

「ダメだ! 俺が守らないと!!」

 俺は決意を固め、慌てて棚から魔法の小辞典を取り出す。急いで『変装魔法』のページを開き、その呪文を必死に暗記した。

「アブローラ、ケセン、ハゴン……何だっけ?」

 何度も杖を振り、失敗を繰り返しながら、俺はついにヒゲを生やした三十代の男性に変装することに成功した。

 鏡に映る見知らぬ男の顔。

「んー、いいんじゃない?」

 俺はニヤッと笑った。


         ◇


 夕暮れの街に、変装したユータが足を踏み出す。幼なじみを守るという使命感と、未知の世界への不安が入り混じる中、彼の新たな冒険が始まろうとしていた。

 賑やかな石畳の通りを抜け、俺は少し怪しげな雰囲気の小径に足を踏み入れた。すでに夜の(とばり)は降り、艶やかなネオンサインがチラチラ輝いている。

 露出の多いドレスを着た女性たちの声が耳に飛び込んでくる。

「おにーさん、寄ってかない?」
「銀貨一枚でどう?」

 俺は硬い表情のまま、目的地へと歩を進める。やがて『銀の子羊亭』の看板が見えてきた。

『銀貨一枚ポッキリ!』という意味不明な煽り文句に嫌な予感がぬぐえない。

 扉の前で立ち止まった俺は、深呼吸をして心を落ち着かせる。そして、覚悟を決めてグッと扉を開いた。

  店内に足を踏み入れた瞬間、甘い香りと喧騒に包まれる。前世を含め、この手の店に来たことの無かった俺は、全くのアウェイに踏みこんでしまったことにキュッと口を結んだ。
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