「ちょ、俺が救世主!?」~転生商人のおかしな快進撃~

43. 俺のターン

 俺は拳を強く握りしめながら目をギュッとつぶって必死に耐える。アバドンさえくれば形勢逆転なのだ。

 待ってろ……、ギッタンギッタンにしてやる……。怒りが俺の中でどんどんと燃え盛る。

 時間の流れが遅い。一秒一秒が、俺にとっては永遠のように感じられた――――。

「さぁ、ショータイムだ!」

 ブルザはドロシーの両足に手をかけた。その声には、嗜虐的(しぎゃくてき)な喜びが滲んでいた。

 くっ……。

 奥歯をギリッと鳴らしたその時だった――――。

『旦那様、着きました!』

 見上げると、空からアバドンが降りてくる。

『よしっ! あの若い男を俺が挑発してドロシーから離すから、その隙に首輪を処理してくれ。できるか?』

『お任せください』

 ニヤッと笑みを浮かべながらアバドンは胸に手を当て、うやうやしく頭を下げた。その頼もしすぎる態度に、俺は泣きそうになる。

「じゃあ、お前は表側から行ってくれ! 任せたぞ!」

 俺はアバドンの肩をポンと叩いた。

「わかりやした!」

 いよいよ勝負の時がやってきた――――。

 うおぉぉぉりゃぁぁぁ!!

 俺は裏側の壁を再度景気よくどつき、倉庫の中に入る。

 ミスは絶対許されない大勝負。心臓が早鐘を打った。

「ブルザ! 望み通り出てきてやったぞ! 勇者の腰巾着(こしぎんちゃく)のレイプ魔め!」

 俺はそう言いながら、ブルザから見える位置に立つ。その声は、抑えきれない怒りで震えていた。

「なんとでも言え、我々には貴族特権がある。平民を犯そうが殺そうが罪にはならんのだよ」

 ブルザはニヤリと笑い、ゆっくりと立ち上がる。

「お前だって平民だったんじゃないのか?」

「はっ! 勇者様に認められた以上、俺はもう特権階級、お前らなど奴隷にしか見えん」

 ドヤ顔で見下ろすブルザ。その言葉に、俺は深い断絶を覚える。

「腕もない口先だけの男……なぜ勇者はお前みたいな無能を選んだんだろうな……」

 ブルザの(まゆ)毛がぴくっと動いた。その反応に、俺は内心で笑みを浮かべる。

「ふーん……、いいだろう、望み通り剣の(さび)にしてくれるわ!」

 ブルザは剣をスラリと抜き、俺に向かってツカツカと迫った。

 俺はビビる振りをしながら、じりじりと後ろに下がる。自然にブルザを引っ張り出すことに今は全力を懸けねばならない。

「どうした? 小僧? 丸腰か?」

「ま、丸腰だってお前には勝てるんでね……」

 俺はファイティングポーズを取りながらじりじりと下がっていく……。

「ほう……? どんな小細工か……、まぁ殺してみればわかるか……。はっ!」

 ブルザは一気に距離を詰めてくる。

「ヒィッ!」

 俺はおびえて逃げ出すふりをして裏手へと駆けた。

「待ちやがれ! お前も殺せって言われてんだよ!」

 まんまと策に乗ってくるブルザ。その愚かさに、俺は内心ニヤッと笑った。

 アバドンはすかさず表のドアをそーっと開け、倉庫に入る。

「ぐわっ!」「ぐふっ!」

 ドロシーを押さえつけている男たちをアバドンは素早く殴り倒した。

「姐さん、今外しますからね」

「ひっ、ひぃぃぃ……」

 いきなり現れた巨大な魔人に覆いかぶされ、ドロシーは白目をむいてしまう。

 アバドンはやれやれと思いながら、小さな魔法陣をいくつも首輪の周りに浮かべ、巧みに機能を解除していった。


       ◇


 しばらく倉庫の裏で巧みに逃げ回っていると、アバドンの声が頭に響いた。

『旦那様! OKです!』

 俺はグッとガッツポーズを決めると逃げるのをやめ、大きく息をつき、ブルザの方を振り返る。

「ドロシーは確保した。お前の負けだ」

 俺はブルザをビシッと指さし、ニヤッと笑った。

「もう一人いたのか……だが、小娘には死んでもらうよ」

 ブルザは嫌な笑みを浮かべながら何かを念じている。

 しかし……、何の反応もないようだ。

「え? あれ?」

 焦るブルザ。その表情に、俺は満足感を覚える。

「首輪なら外させてもらったよ」

 俺は得意げに言った。まさに完全勝利である。

「この野郎!」

 ブルザは一気に間合いを詰めると、目にも止まらぬ速さで剣を振り下ろした。

 その剣速はレベル百八十二の超人的強さにたがわず、音速を超え、衝撃波を発しながら俺に迫る――――。

 しかし、俺はレベル千、迫る剣を冷静にこぶしで打ち抜いた。

 パキィィーン!

 剣は砕かれ、刀身が吹き飛び……クルクルと回って倉庫の壁に刺さった。

 破片がかすめたブルザの頬には血がツーっと垂れていく。

「へ……?」

 ブルザは何が起こったかわからなかった。

「ここからは俺のターンな」

 俺はニヤッと笑うとその間抜けヅラを右フックでぶん殴る。拳に、これまでの怒りと憎しみのすべてを込めて。
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