「ちょ、俺が救世主!?」~転生商人のおかしな快進撃~

96. バージンロード

「そうと決まったら結婚式よぉぉぉ~! 急いで裏のチャペルへGO!」

 院長がガバっと立ち上がり、両手を高々と掲げて叫んだ。その声には、長年の夢が叶ったような喜びを感じる。

「えっ!?」「えっ?」

 俺もドロシーも驚いて院長を見つめた。

「もうすでに準備は整っているわ。これを着て!」

 院長はソファーの脇の大きな箱から白い服を出す。

「ジャーン!」

 楽しそうに広げる院長――――。

 なんとそれは純白のウェディングドレスだった。ふんだんに花の刺繍が施された豪華なレース、腰の所が優美にふくらむベルラインの立派なつくりに、俺もドロシーもビックリ。その美しさに、二人とも言葉を失った。

「ユータは白のタキシードよ、早く着替えて!」

 テキパキと指示する院長。

 俺とドロシーは微笑みながら見つめ合い、『院長にはかなわないな』と目で伝えあった。

 窓から差し込む陽光が、ウェディングドレスを輝かせる。その光景は、まるで未来への希望を象徴しているかのようだった。俺とドロシーは、この予想外の展開に若干戸惑いはあるものの、心の奥底では喜びに満ちていた。これから始まる新しい人生への期待と、乗り越えなければならない困難への覚悟。全てが混ざり合い、二人の心を熱く震わせていた。


       ◇


 追手は迫っているだろう。俺たちは急いで身支度を整える。ただ、その慌ただしさの中にも、幸せな高揚感が漂っていた。

「あー、もうこんなに泣きはらしちゃって!」

 院長は、少しむくんでしまったドロシーのまぶたを、一生懸命化粧で整えていく。

 俺はタキシードに着替え、アバドンを呼んだり、カバンにドロシーの身支度を入れたり、準備を進める。

 院長はドロシーの銀髪を編み込み、最後に頭の後ろに白いバラをいくつか()して留め、うれしそうに言った。

「はい、完成よ!」

 ドロシーは幸せそうに俺を見る。その瞳には、無限の愛情と希望が輝いていた。俺はドロシーのあまりの美しさに言葉を失い、ポロリと涙をこぼしてしまう。

 それを見たドロシーもウルウルと涙ぐんでしまう。言葉を超えて二人の間に流れる深い感情――――。

「新郎が泣いてどうすんのよ! ドロシーも化粧が流れちゃうからダメ! はい! 行くわよ!」

 院長は俺たちを先導し、ウキウキした様子で裏口へと足を進めた。

 孤児院は組織的には教会の下部組織だ。なので、チャペルも壁をへだてて孤児院の隣にある。

 小さな通用門をくぐると花壇の向こうに青い三角屋根の可愛いチャペルが建っていた。ずっと孤児院で暮らしていたのにチャペルに来たのは初めてである。改めて人生の新たな章が始まることを実感した。

 俺はドロシーの手を取り、色とりどりの花が咲き乱れる花壇を抜け、入口の大きなガラス戸を開けた――――。

「うわぁ! すごーい!」

 ドロシーの目が大きく見開かれた。

 正面には神話をモチーフとした色鮮やかなステンドグラスが並び、温かい日差しが差し込む室内は神聖な空気に満ちていた。

 中に入ると、たくさんの生け花からのぼる華やかな花の香りに包まれ、思わず深呼吸してしまう。まさに、新たな人生の始まりにふさわしいチャペルだった。

 俺たちは見つめ合い、人生最高の瞬間がやってきたことを喜びあう。

 チャペルの聖なる静寂の中、二人の心臓の鼓動だけが響いているかのようだった。これから始まる新しい人生への期待と不安、そして何よりも強い愛情。全てが混ざり合い、二人を包み込んでいく。俺は深く息を吐き、ドロシーの手をさらに強く握った。その温もりが、どんな困難も乗り越えられるという確信を与えてくれた。

 そして二人は、ゆっくりと祭壇へと歩み始める。その一歩一歩が、新たな人生への歩みだった。


        ◇


 ギギーっとドアが開いた――――。

「こんにちは~! うわっ! (あね)さん! 最高に美しいです~!」

 絶賛しながら駆け寄ってくるアバドン。

 照れるドロシー。頬を赤く染め、はにかんだ笑みを浮かべる彼女の姿は、まさに幸せの絶頂である。

「ごめんね、急に呼び出して。結局、結婚することにしたんだ」

 俺の声には、少しの照れくささと、大きな決意が混ざっていた。

「正解です。ずっとヤキモキしてたんですよぉ! お似合いです」

 アバドンは自分のことのように喜んで手を合わせる。

 院長はいきなり現れた魔人におののいていたが、俺が説明すると仰天しながら首を振っていた。

「はい、じゃ、そこに並んで!」

 俺たち二人を並ばせるとパイプオルガンで賛美歌を奏で始める。

 その荘厳で美しいハーモニーはチャペルを震わせ、辺りを聖なる空気に包んでいく――――。

 三人は目を閉じ、その神聖な波動を体に感じていた。

 ひとしきり演奏した院長は、厳かな物腰でステンドグラスの美しい壇上に上がっていく。

 そして、俺たちを見つめると開式を宣言した――――。

 その声には、厳かさと温かさが同居していた。
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