シャノワールへようこそ!

イジワルと気遣い

「はぁ」

せっかく高野くんの隣の席になったのに、

上手く話せない自分が、男の子にそっけない態度をとってしまう自分が情けない。

高野くんは"彼ら"とは違うというのに、私はいつまでも相手を許すことができないらしく、

自分でもつくづく執念深い女だと呆れてしまう。

これはもう病気の沙汰だった。

「辛気臭ぇムードやめろ」

「っ、すみません、」

バイト中、皿洗いをしていた。

黙々と作業をしているつもりだったが、つい気が緩んでため息が口をついて出てしまっていたらしい。

そこを佐野さんに注意されてしまった。

なんだか私、佐野さんにはいつも謝ってばっかりだ。

「別に謝れとは言ってねぇよ」

心を読まれたのかと思って、私は手元から顔を上げた。

今度は佐野さんが大きなため息をつく。

彼は金の塗装が剥がれかかった黒混じりの髪をクシャっとかき上げた。

そのとき不意に髪の間から覗いた瞳と視線があって、私は怖くて反射的に口走った。

「っ、すみません」

「だーかーら、」

「つい癖で、すみません、あっ……」

すると、佐野さんがツカツカとこちら側に歩いてきた。

それもすっごい真顔で。

佐野さんの顔怖いんだよな。

目つきが悪くて、こう、新宿にいそうなキャッチみたいな。

「え、え、何ですか」

楽観していたけれど、ずんずんとその長い足で確実に距離を詰めてくる佐野さんが、流石に怖くなってきて、私はじりじりと壁の方に後ずさった。

しかし、ついに、ペッタリと背中が壁にくっつく。 

後ろに逃げ場はない。

至近距離には佐野さんのお顔。

恐ろしすぎて目を瞑ったときだった。

佐野さんがボソッと低い声で言った。

「口、開けろ」

く、くち……?

目を閉じたまま恐る恐る口だけ開けると、何かを押し込まれたようだった。


「これは……」

目を見開く。

すると、佐野さんが不適な笑みを浮かべこちらを見ていた。


「いちごとレアチーズ?」

口内に広がるのは、しっとりとした濃厚なチーズケーキの味、それから、後からくる甘酸っぱいラズベリーのソース。

ソースがさっぱりとした口当たりを実現していて、タルト部分のクッキーもサクサクとし楽しい食感に仕上がっていた。

「おいしい、です」

「当たり前だ。なんてたって俺が作ったんだからな」

佐野さんはふふんという効果音がつきそうな顔でドヤった。

佐野さんは、製菓学校に通いながら、ここでキッチンのアルバイトをしている学生さんだ。

学生といっても、高校卒業後、就職してから脱サラをし製菓学校に通い始めたという経緯があるそうで、年は私よりもだいぶ年上らしい。

前に店長から聞いただけで、本人の口から聞いたことはないので分からないのだけれど。

「……新メニューですか?」

「あぁ、来月用の試作品だ。それ食って、休んでからフロアに立て」

「佐野さん……」

もしかして、私を元気づけようとしてくれたのかな。

いつも一方的なイメージで怖いと決めつけていたけど、本当は優しい人、なのだろうか。

「そんなひでぇ顔して接客したら、客が逃げ出すからな」


「佐野さん!!!」

前言撤回。

佐野さんは怖くはないけど、嫌味な大人です。



フロアに戻ると、客席には高野くんが座っていた。

どうして、また来てるの?!

私は反射的についフロアとキッチンの境目のカーテンに身を隠した。

そこからフロアの様子を伺うと、桃ちゃんが高野くんの接客をしているようだった。

__やっぱり高野くんだ。

どうして、また……

もしかして、桃ちゃんのことが気に入って帰宅(客がメイドカフェに通うこと)したとか……?

「おい、メイ!! 休んだら働く!! 料理冷める前に持ってけ」

「ひぃ、」

佐野さんに怒鳴られて、私は慌てて料理を持ってキッチンを出る。

桃ちゃんがついてくれるから、私は高野くんを気にせずやるしかないよね。

私は気持ちを入れ替えて、再びフロアに戻った。

それからどれくらい経ったのだろう。

フロアの客入りが引き、キッチンでひと休みしていた時だった。

仏頂面して入ってきた桃ちゃんは、一言私にこう言った。

「……三番卓、チェキ、メイちゃん先輩ご指名です」

あれ__なんか機嫌悪い?

出ずっぱりで疲れたのだろうか。

目も合わせてもらえず、

私は奥の休憩室へ行く背中にただ「了解」とつぶやいた。


それにしても、珍しいこともあるものだ。

私と撮りたいなんて一体どんな酔狂な人なんだろう。

キッチンからフロアに戻り、三卓に向かう。

そこには店長さんの背中が見えて、抜けた桃ちゃんの代わりに接客についてるようだった。

「お待たせしました」

「あら、メイちゃん、ご指名よ♡」

店長は、ニューハーフだ。

女の私でも羨ましくなるくらいの美貌で、スタイルもよく、メイド服も断然私よりも似合ってる。

この店では、綺麗で陽気な店長目当てで通っているという常連さんも少なくなかった。

店長さんの影で遠くからは見えなかったお客さんの顔見た時、私は固まった。

だって__

「お願いします」

その人物が高野くんだったから。

「じゃあ、二人ともチェキ撮るわよ」

どうして、その言葉がまっさきに頭に浮かぶ。

それでも仕事なので、私は立ち上がった高野くんの横にちょこんと立った。

「寄って、寄って!」

わ、肩。

布越しに彼の体が触れた。

おどおどとしていると、店長から声が飛ぶ。

「メイちゃん、固い! そんなんじゃ、どっちがご主人様か分かんないわよ」

「っ、すみません」

「もっとポーズとかとりなさい」

ポーズ?

ど、どうしよう。

私単体でチェキ出るのはじめてだから……

すると、高野くんが片手のハートを差し出した。

「これでどうスか」

「あら、いいじゃない!」

「は、はい」

私はそぉっと自分の右手を彼の左手と合わせ、ハートを完成させた。


< 4 / 7 >

この作品をシェア

pagetop