シャノワールへようこそ!

すれ違い

それから高野くんはときどきシャノワールに来るようになった。

店に来るのは大体サッカー部が休みの木曜日。

相変わらず学校では目も合わせられないけど、店では不思議と自然に話せるようになっていた。

「おい、あいつまた来てんぞ」

「あいつ?」

佐野さんいわく、高野くんのことを言っているらしかった。

「一丁前に彼氏か?」

「そ、そんなわけないじゃないですか!」

そう、そんなわけはないのだ。

私と高野くんは月とスッポン、薔薇とハコベラ、ハンバーグとインゲンほどの差がある。

所詮、主食の付け合わせがライスになるなんてことはない。

「オーダーとってきます……」

「そんなマジにとんなよな」

背中に佐野さんの声を受けながら、私はフロアに降り立った。

「こんにちは。オーダー伺います」

高野くんに声をかけると彼は言った。

「すんません。連れが席たってて、もうすぐ戻ってくると思うんで」

連れ__?

「あ、もしかして例のメイドさん?」

聞きなれた声にびくりと肩が震える。

ゆっくりと振り返るとそこにいたのは、案の定同じクラスの山口くんだった。

「あれ__藤沢さんじゃね?」

「っ、」
 
心臓がギュッと縮む。

「山口、何言ってんだ? この人はメイドのメイさんだ」

「は? 高野こそ何言ってんだよ。どう見ても同じクラスの藤沢さんじゃんか」  

「名前が違うだろ」

「高野、あのな、こういう店の女の子の名前が本名なわけないだろ?」

「そうなのか?」

高野くんの瞳が揺れる。

私、

私は__

その時ポンと肩に手が乗った。

「メイちゃん先輩、次休憩ですよ。私交代するので」

「桃ちゃん……」

「行った、行った」

半ば強引に卓から遠ざけられ、私はバックヤードに引っ込んだ。



翌日は鬱陶しい雨だった。

湿度が肌にじんわりとまとわりつく嫌な天気で、はじめはそちらに気を取られて気が付かなかった。

しかし、次第にそれは確信に変わった。

見られている。

特に顕著なのは、廊下を歩いているときだっだ。

同じ学年の生徒が、私と目が合いそうになると、みんな「やば」とか言って視線を逸らし、ニヤッとするのだ。

何だか無性に気味が悪かった。

「ねぇ、沙希ちゃん」

「なに?」

私の唯一の友達の沙希ちゃんは、分厚い参考書から顔を上げた。

「ごめん、勉強中だった?」

「別に。模試の復習をしてただけよ。もう終わるところだったし気にしなくていいわよ」

「そう」

沙希ちゃんはいつもと変わらずほっとした。

「それで、何?」

「あのね__私」

「ねぇ、藤沢さんメイドカフェで働いてるってほんと?」

「ちょ、千世、やめなって」

後藤さんが話しかけてきた。

その後ろには遠山さんが申し訳なさそうに立っていて、後藤さんの服の袖を引っ張ってる。

後藤さんは、キャピキャピした、先生と仲がいいタイプの陽キャだ。

およそ私とは縁遠い人種で、まともに会話したのもこれが初めてだった。


「え?」

一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。

頭で理解するまで時間がかかった。

しかし、携帯の画面を見せられ、私は全てを察した。

そこにはトークのグループに、私と高野くんのチェキ写真が貼り付けられていたのだ。

「だから、メイドやってんの、って?笑」

嬉々とした顔で聞いてくる後藤さん。

彼女の声は大きくて、気がつけばクラス全体がこちらの様子を伺っていた。

そうか、今朝からの視線の正体はコレだったんだ。

幸い物的証拠は写真しかないんだ。

違うって一言言えばそれで済むはずなのに。

しかし、先に答えたのは私ではなく沙希だった。

「勝手なこと言わないで」

沙希のツンと下はっきりした声が教室中に響いた。

「後藤さんも知ってると思うけど、バイトは校則で禁止されているはずよ。それもそんな破廉恥な店でバイトなんて、楓がするわけないじゃない」

「私が聞いてんのは藤沢さんになんですけど、」

「喧嘩売ろうっての?」

席から立ち上がり、今にも後藤さんの首襟を掴みかかりそうな沙希。

私はもう見ていられなかった。

「おっと、」

教室を出ようとすると、入り口で人とぶつかる。

顔を上げると、そこには山口くんと一番会いたくないひとがいて、私は何も言わず駆け出した。
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