シャノワールへようこそ!
すれ違い
それから高野くんはときどきシャノワールに来るようになった。
店に来るのは大体サッカー部が休みの木曜日。
相変わらず学校では目も合わせられないけど、店では不思議と自然に話せるようになっていた。
「おい、あいつまた来てんぞ」
「あいつ?」
佐野さんいわく、高野くんのことを言っているらしかった。
「一丁前に彼氏か?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
そう、そんなわけはないのだ。
私と高野くんは月とスッポン、薔薇とハコベラ、ハンバーグとインゲンほどの差がある。
所詮、主食の付け合わせがライスになるなんてことはない。
「オーダーとってきます……」
「そんなマジにとんなよな」
背中に佐野さんの声を受けながら、私はフロアに降り立った。
「こんにちは。オーダー伺います」
高野くんに声をかけると彼は言った。
「すんません。連れが席たってて、もうすぐ戻ってくると思うんで」
連れ__?
「あ、もしかして例のメイドさん?」
聞きなれた声にびくりと肩が震える。
ゆっくりと振り返るとそこにいたのは、案の定同じクラスの山口くんだった。
「あれ__藤沢さんじゃね?」
「っ、」
心臓がギュッと縮む。
「山口、何言ってんだ? この人はメイドのメイさんだ」
「は? 高野こそ何言ってんだよ。どう見ても同じクラスの藤沢さんじゃんか」
「名前が違うだろ」
「高野、あのな、こういう店の女の子の名前が本名なわけないだろ?」
「そうなのか?」
高野くんの瞳が揺れる。
私、
私は__
その時ポンと肩に手が乗った。
「メイちゃん先輩、次休憩ですよ。私交代するので」
「桃ちゃん……」
「行った、行った」
半ば強引に卓から遠ざけられ、私はバックヤードに引っ込んだ。
*
翌日は鬱陶しい雨だった。
湿度が肌にじんわりとまとわりつく嫌な天気で、はじめはそちらに気を取られて気が付かなかった。
しかし、次第にそれは確信に変わった。
見られている。
特に顕著なのは、廊下を歩いているときだっだ。
同じ学年の生徒が、私と目が合いそうになると、みんな「やば」とか言って視線を逸らし、ニヤッとするのだ。
何だか無性に気味が悪かった。
「ねぇ、沙希ちゃん」
「なに?」
私の唯一の友達の沙希ちゃんは、分厚い参考書から顔を上げた。
「ごめん、勉強中だった?」
「別に。模試の復習をしてただけよ。もう終わるところだったし気にしなくていいわよ」
「そう」
沙希ちゃんはいつもと変わらずほっとした。
「それで、何?」
「あのね__私」
「ねぇ、藤沢さんメイドカフェで働いてるってほんと?」
「ちょ、千世、やめなって」
後藤さんが話しかけてきた。
その後ろには遠山さんが申し訳なさそうに立っていて、後藤さんの服の袖を引っ張ってる。
後藤さんは、キャピキャピした、先生と仲がいいタイプの陽キャだ。
およそ私とは縁遠い人種で、まともに会話したのもこれが初めてだった。
「え?」
一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。
頭で理解するまで時間がかかった。
しかし、携帯の画面を見せられ、私は全てを察した。
そこにはトークのグループに、私と高野くんのチェキ写真が貼り付けられていたのだ。
「だから、メイドやってんの、って?笑」
嬉々とした顔で聞いてくる後藤さん。
彼女の声は大きくて、気がつけばクラス全体がこちらの様子を伺っていた。
そうか、今朝からの視線の正体はコレだったんだ。
幸い物的証拠は写真しかないんだ。
違うって一言言えばそれで済むはずなのに。
しかし、先に答えたのは私ではなく沙希だった。
「勝手なこと言わないで」
沙希のツンと下はっきりした声が教室中に響いた。
「後藤さんも知ってると思うけど、バイトは校則で禁止されているはずよ。それもそんな破廉恥な店でバイトなんて、楓がするわけないじゃない」
「私が聞いてんのは藤沢さんになんですけど、」
「喧嘩売ろうっての?」
席から立ち上がり、今にも後藤さんの首襟を掴みかかりそうな沙希。
私はもう見ていられなかった。
「おっと、」
教室を出ようとすると、入り口で人とぶつかる。
顔を上げると、そこには山口くんと一番会いたくないひとがいて、私は何も言わず駆け出した。
店に来るのは大体サッカー部が休みの木曜日。
相変わらず学校では目も合わせられないけど、店では不思議と自然に話せるようになっていた。
「おい、あいつまた来てんぞ」
「あいつ?」
佐野さんいわく、高野くんのことを言っているらしかった。
「一丁前に彼氏か?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
そう、そんなわけはないのだ。
私と高野くんは月とスッポン、薔薇とハコベラ、ハンバーグとインゲンほどの差がある。
所詮、主食の付け合わせがライスになるなんてことはない。
「オーダーとってきます……」
「そんなマジにとんなよな」
背中に佐野さんの声を受けながら、私はフロアに降り立った。
「こんにちは。オーダー伺います」
高野くんに声をかけると彼は言った。
「すんません。連れが席たってて、もうすぐ戻ってくると思うんで」
連れ__?
「あ、もしかして例のメイドさん?」
聞きなれた声にびくりと肩が震える。
ゆっくりと振り返るとそこにいたのは、案の定同じクラスの山口くんだった。
「あれ__藤沢さんじゃね?」
「っ、」
心臓がギュッと縮む。
「山口、何言ってんだ? この人はメイドのメイさんだ」
「は? 高野こそ何言ってんだよ。どう見ても同じクラスの藤沢さんじゃんか」
「名前が違うだろ」
「高野、あのな、こういう店の女の子の名前が本名なわけないだろ?」
「そうなのか?」
高野くんの瞳が揺れる。
私、
私は__
その時ポンと肩に手が乗った。
「メイちゃん先輩、次休憩ですよ。私交代するので」
「桃ちゃん……」
「行った、行った」
半ば強引に卓から遠ざけられ、私はバックヤードに引っ込んだ。
*
翌日は鬱陶しい雨だった。
湿度が肌にじんわりとまとわりつく嫌な天気で、はじめはそちらに気を取られて気が付かなかった。
しかし、次第にそれは確信に変わった。
見られている。
特に顕著なのは、廊下を歩いているときだっだ。
同じ学年の生徒が、私と目が合いそうになると、みんな「やば」とか言って視線を逸らし、ニヤッとするのだ。
何だか無性に気味が悪かった。
「ねぇ、沙希ちゃん」
「なに?」
私の唯一の友達の沙希ちゃんは、分厚い参考書から顔を上げた。
「ごめん、勉強中だった?」
「別に。模試の復習をしてただけよ。もう終わるところだったし気にしなくていいわよ」
「そう」
沙希ちゃんはいつもと変わらずほっとした。
「それで、何?」
「あのね__私」
「ねぇ、藤沢さんメイドカフェで働いてるってほんと?」
「ちょ、千世、やめなって」
後藤さんが話しかけてきた。
その後ろには遠山さんが申し訳なさそうに立っていて、後藤さんの服の袖を引っ張ってる。
後藤さんは、キャピキャピした、先生と仲がいいタイプの陽キャだ。
およそ私とは縁遠い人種で、まともに会話したのもこれが初めてだった。
「え?」
一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。
頭で理解するまで時間がかかった。
しかし、携帯の画面を見せられ、私は全てを察した。
そこにはトークのグループに、私と高野くんのチェキ写真が貼り付けられていたのだ。
「だから、メイドやってんの、って?笑」
嬉々とした顔で聞いてくる後藤さん。
彼女の声は大きくて、気がつけばクラス全体がこちらの様子を伺っていた。
そうか、今朝からの視線の正体はコレだったんだ。
幸い物的証拠は写真しかないんだ。
違うって一言言えばそれで済むはずなのに。
しかし、先に答えたのは私ではなく沙希だった。
「勝手なこと言わないで」
沙希のツンと下はっきりした声が教室中に響いた。
「後藤さんも知ってると思うけど、バイトは校則で禁止されているはずよ。それもそんな破廉恥な店でバイトなんて、楓がするわけないじゃない」
「私が聞いてんのは藤沢さんになんですけど、」
「喧嘩売ろうっての?」
席から立ち上がり、今にも後藤さんの首襟を掴みかかりそうな沙希。
私はもう見ていられなかった。
「おっと、」
教室を出ようとすると、入り口で人とぶつかる。
顔を上げると、そこには山口くんと一番会いたくないひとがいて、私は何も言わず駆け出した。