すきとおるし
八月も半ばを過ぎたというのに、夏の真っただ中である東京は、ただひたすらに暑い。
涼しいビジネスホテルの一室で仕上げた化粧は一瞬で溶け始め、汗で濡れた首筋に、結んだ髪の毛先が張り付いた。
おまけに真っ黒なワンピースの首元のタグがチクチクして気になる。そういえばちょうど一年前に着たときも気になっていて、切らなければと思っていた。
目的の駅に着いたらトイレを探してワンピースを脱ぎタグを引きちぎるか、それとも数時間我慢するか。
悩んだけれど、約束の時間もある。タグを引きちぎったことで糸がほつれたり破れたりすることもあるかもしれない、と。結局我慢することにした。
人波に逆らわず、改札を出て真っ直ぐに歩いていると、視界の隅に、見覚えのある人物が映った気がした。
けれどここは東京だ。地元から新幹線に乗って二時間もかかる場所に、知り合いがいるはずもない。
気にすることなく歩き続けていると、視界の隅の人物は、寄りかかっていた柱から弾みをつけて背中を離し、こちらに向かって歩き出す。
それでもわたしは真っ直ぐに歩き続けていたので、景色は流れ、すぐにその人物が視界から消えた。と、思ったのに。
「おい、目ぇ合っただろ、無視すんな」
突然肩を掴まれ、驚いて内臓が口から飛び出しそうになった。
うっかり内臓をぶちまけてしまわないよう慌てて口をぎゅうっと閉じ、肩を掴んだ人物を見上げる。
驚いたのは、肩を掴まれたからだけじゃない。それをしたのが、今日は会えないと思っていた見知った人物だったからでもある。
「おい、無視すんな」
わたしが口をぎゅうっと閉じたのを、怒っているからだと判断したのだろうか。彼――ゆんは眉根を寄せながらわたしの肩を解放し、ひどく不機嫌な様子でわたしを見下ろしていた。
切れ長の奥二重の目元は、笑うとすっと細くなり、わりと可愛らしくなるのだけれど、こうして不機嫌な表情をしていると、とてつもなく人相が悪い。
ワイシャツの第二ボタンまで外し、黒いネクタイを胸ポケットに入れ、腕まくりをし、黒の上着を小脇に抱えるという気崩し方をしているせいで、余計に悪く見えている気もする。