すきとおるし


「なんでいるの?」

 どうにか心臓を落ち着かせてから返答するけれど、それは彼が求めていたものではなかったらしい。さらに不機嫌になって「いたら悪いのかよ」を顔をしかめた。

「悪い悪くないじゃなくて、今日は来ないって言ってたから」
「休み取ったんだ」
「ふたりは来ないよ」
「知ってる。連絡来た」
「そう……」

 ふたりきりであることに気まずさを感じてしまうのは、一週間ほど前に電話で口論をしたからだろう。

『行けるって言ったのに』
『仕事なんだから仕方ないだろ』
『そういう調整をしてもらうために、三ヶ月も前から日時の打診をしてたのに』
『行けるかどうかは直前にならないと分からないとも言ったぞ』
『で、無理なのね』
『ああ、今年は無理だ。もしかしたら夕方に一瞬合流できるかもしれないけど』
『いい。来なくていい』
『なんだよ、その言い方は』
『三ヶ月も前から打診して無理なら、もう無理でしょ。だから来なくていい。仕事なら仕方ない』
『ああそうかよ。なら今年は行かねぇから、みんなによろしく伝えといてくれ』
『どうかな……』
『そのくらいの伝言はしろよ、ガキじゃねぇんだから』
『じゃあね、仕事がんばって。お疲れさま』
『おい、イチ! 返事くらいしろ!』

 これが、わたしたちが先週繰り広げた口論だ。

 それから何度か電話が鳴り、『出ろよバカ』というメッセージが届いたけれど、返事をしないまま、今日になってしまった。

 無視し続けたのは、もう口論をしたくなかったからであり、伝言を頼まれたところで誰も来ないという事実を知られたくなかったからだ。
 けれど彼だってみんなと連絡を取れるのだから、今年はわたし一人だということはすぐにばれてしまっただろう。


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