すきとおるし
三年前の、七月の終わりのことだった。
その日はゆんもきんぎょもスーちゃんも不在で、花織とわたしのふたりで話し始めた。
花織はやけに楽しそうに話していたけれど、唐突に「イチに会いたい」と切り出した。
いつかはみんなと会ってみたいなと思っていたし、前にスーちゃんとそういう話をしていた。だからわたしは、スーちゃんと一緒に挙げ連ねた行き先候補地を花織に伝えた。遊園地、動物園、海、キャンプ、カラオケ、ちょっと遠出して沖縄……。
でも花織はそういう意味で言ったわけではないらしい。
少しの沈黙のあと、ヘッドセットの奥から、くすぐったくなるような囁き声で「イチとふたりで会いたい。俺、前からイチのことが好きだったんだ。だから、ふたりで会いたい」と。花織は言った。
予想なんて全くしていなかった突然の告白に、わたしは焦り、戸惑い、そして罪悪感と共に、返事を先延ばしにした。花織は「いいよ」と言って笑った。「ああ、言っちゃった、緊張したぁ」とも言った。
花織のことは好きだ。でもそれは友人としての好きであって、今まで一度も男として見たことはない。
それ以前に、わたしには好きな相手がいた。わたしはゆんが好きだったのだ。人としても、異性としても。
罪悪感の正体はこれだ。思いがけない告白の瞬間、わたしの脳裏をよぎったのは、わたしに気持ちを伝えてくれた花織の様子ではなく、悪態ばかり吐くゆんの様子だったのだ。
それなら花織の告白はすぐにはっきり断るべきだった。けれど思いがけない告白と、浮かんだゆんの様子で、すっかり思考が停止してしまったわたしは、「ごめんね」の一言が言えなかった。
次に話すときにちゃんと伝えよう。そう決めていたのに、花織はそれ以来集まりに顔を出さなかった。
一週間が過ぎ、二週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎる頃。ようやく彼がボイスチャットルームに合流し、ずっと心配でそわそわしていたわたしたちは、歓声と共に彼を迎えた。
でも、スピーカーとマイクのミュートが解除されたあと、聞こえてきたのは女性の声だった。
「初めまして、次郎の姉の初美といいます」
そこでわたしたちは、花織の本名を知った。
「次郎と仲良くしてくれてありがとう。次郎は一ヶ月前、事故で亡くなりました」
そしてわたしたちは、花織の死を知った。
友人が死んだ。もう二度と話すことができない。ゆんと口論になっても、止めてくれる人はいない。
それなのになぜだろう。どうして「死」がこんなに遠く感じるのだろう。花織が死んだと実感できない。何も感じない。涙も出ない。お悔やみの言葉さえ浮かばず、ただひたすらに口をつぐんだ。
実際に遺影を見たりお墓参りに行ったら悲しい気持ちになるかもしれない。だから三人に、お墓参りに行こうと提案したのだ。