『46億年の記憶』  ~新編集版~
「そうなのです。ハムレットの悩みに直面するのです」

 はっ? 
 ハムレット?
 
「右へ行くべきか、左へ行くべきか、それが問題だ」

 んっ? 
 それって違ってない? 
 生きるべきか死すべきか、
 じゃないの?
 
「同じなのです。行先を間違えたら死んでしまうのです」

 どういうこと?
 
「子宮の先にある卵管は2つに分かれています。その2つともに卵子がいればいいのですが、1回の排卵で卵子は1個しか放出されないのです。つまり、卵子のいる卵管と卵子のいない卵管があるということです」

 そうか、卵子のいない卵管へ行っちゃうと……、
 
「愛しの姫君に会えないまま死を迎えることになるのです」

 そんな~、余りにもかわいそう、
 
「『えいや』で決め打ちする奴、いつまでもウジウジ悩んでいる奴、いろんな同志がいましたが、僕は自らの運命に従いました」

 どんな運命?
 
「僕は左利きなので、迷わず左へ行ったのです」

 それが運命なの? 
 でも、あなたには手があるようには見えないけど……、
 
「見えない運命の手を持っているのです」

 ふ~ん……、
 
「とにかく、迷わず左の道を選び、先頭集団の中で泳いでいきました。すると」

 わたしがいたのね。こんなにも美しい絶世の美女が。
 
「いえ、まだあなたは見えません」

 何故?
 
線毛(せんもう)という大きな藻のようなものが待ち構えているのです。その中では強い逆流が起こっていて、我々精子を押し返そうとするのです」

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