『46億年の記憶』 ~命、それは奇跡の旅路~   【新編集版】
 国内に目を向けると、8月7日には一日の感染者が1,600人を超え、その後も高止まりの状態が続いている。
 更に、新型コロナによる悪影響が顕在化し始めていた。
 その状況を見て、新が重苦しい声を発した。
 
「がん検診の受診者が大幅に減っているから心配なんだよ」

 がん検診はがんを早期に見つけるために必須の健診で、年間1,100万人が受診し、1万3,000人からがんが発見されている。
 早期発見早期治療に役立っているのだ。
 しかしその受診数が極端に減っていた。
 特に3月に入ってからが顕著なのだ。
 3月は対前年比64パーセント、4月は16パーセント、5月に至っては8パーセントという異常な状態になっているのだ。
 これは新型コロナ対策による検診自体の中止の影響が大きかったが、それに加えて、健診施設における感染を懸念して受診を控える人が増加したのも大きな原因だった。
 
 新聞記事のある個所を新が指差した。
 そこには、「受診が遅れてがんが進行してから見つかると治療に影響することがある」と書かれていた。
 そこを覗き込むように見ていた考子が、「検診が再開されても感染を怖がって受診抑制が続くと大変なことになるかもしれないわね」と危惧(きぐ)を表した。
 
「そうなんだよ。癌は早期に発見して早期に治療できれば治癒や延命の可能性が大きく高まるんだけど、発見が遅れると手の施しようがなくなる場合もあるんだ。特に、進行が速い癌については手遅れになる可能性が高くなってしまう。一刻も早く受診を回復させないと大変なことになる」

 新の顔が歪んだ。
 それは、新型コロナ対応でギリギリの状態になっている医療体制が更に逼迫する懸念から来るものだった。
 発見が遅れた重症の癌患者が全国で増加すれば、それに対応する医療関係者が忙殺され、ただでさえ人手が足りない医療現場が更に疲弊することは明白だった。
 
「どうなってしまうんだろう……」

 僅かでも進む道を誤れば真っ逆さまに転落しかねない状態に身を置く新の顔から血の気が失せた。
 彼の鼓膜に届く医療崩壊の足音は、不気味にその存在を増し続けていた。


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